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テレビ番組

WATCH 真相に迫る 放射能の島 あるカメラマンが見つめた流浪の民

番組ID
208548
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放送日時
2013年05月26日(日)00:50~01:50
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
広島テレビ放送(HTV)
製作者
広島テレビ放送(HTV)
制作社
広島テレビ放送(HTV)
出演者
ナレーター:湯浅真由美
スタッフ
撮影:藤田一成、編集:道閑慎一、音声:松田武、デザイン:倉岡亜衣、ディレクター:寺岡貴光、プロデューサー:佐藤宏
概要
日本から約4千キロ、南太平洋の楽園・マーシャル諸島共和国。1946年から58年まで、かつてマーシャル諸島で繰り返された核実験は67回を数えた。死の灰が降り注いだロンゲラップ環礁では多くの島民が被曝し、故郷を捨てて他の島に移り住んだ。それから半世紀余りを経て、ロンゲラップ島民の「帰郷」が可能となった。◆マーシャル諸島の核被害の実態を追い続けてきたフォトジャーナリスト・島田興生さんが現地を訪れた。島田さんの取材に対し、避難生活を続ける島民は「残留放射能が怖い」と、しばらくは帰島しない理由を語った。この背景にはアメリカ政府への不信感がある。島民は1957年にアメリカ政府が出した安全宣言を信じて一旦は帰島したが、健康被害が拡大し、1985年に再び故郷を追われたという辛い経験があるからだ。故郷に戻りたいけど戻れない。放射能汚染の根深さを物語る。◆同じく放射能汚染に直面している日本の福島。避難者数は約16万人。「除染」は遅々として進まず、住民らは避難生活を強いられたままだ。福島より60年早く放射線の汚染に苦しんできたロンゲラップでは、これまでどんな経緯をたどって「帰郷」という時期を迎えようとしているのか。そしてまた解決すべき新たな課題は何であるのかを探り、マーシャル諸島の経験を未来の福島に活かすことができるのか考える。

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