テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ゴリ夢中スペシャル ボクらの街の宝物

番組ID
208463
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年05月04日(土)10:30~11:25
時間(分)
47
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
中京テレビ放送(CTV)
製作者
中京テレビ放送(CTV)
制作社
中京テレビ放送(CTV)、吉本興業、コックスプロジェクト
出演者
ゴリ、ナレーター:松原朋美
スタッフ
構成:田中伊知郎、構成:荻巣しぐれ、構成:森下ゆうじ、撮影:宇津野健太郎、撮影:磯村俊也、編集:時津嘉実、編集:水野智博、MA:奥田武士、音響効果:宮田勝司、スタイリスト:平野智巳、デスク:丹羽由希子、ディレクター:大井誠、ディレクター:山田もと子、ディレクター:畑本将嗣、演出:宇野祐司、AP:伊藤敏明、プロデューサー:横尾亮太、プロデューサー:吉田樹史、チーフプロデューサー:栗田美和
概要
「地元のことは地元の人に聞け」をコンセプトに、ガレッジセールのゴリがカメラと折りたたみ式の自転車を担いで、愛知・岐阜・三重の各地をのんびりぶらりと旅する番組。土地の人と触れ合い、写真を撮りながら気ままな旅を楽しむ。(2007年10月6日放送開始)◆このスペシャルでは、岐阜県岐阜市の柳ヶ瀬商店街へ。郊外型大型店の進出などで、商店街は厳しい状況に立たされている。空き店舗が急増し、シャッターを下ろしたままのお店が目につくように。そんな商店街の救いとなったのが、非公式キャラクター“やなな”だった。全国のゆるキャラグランプリで上位の常連となり、メディアにも頻繁に登場。柳ヶ瀬商店街の名を全国に知らしめた。◆そんな“やなな”が引退することになったという。以前、ロケで彼女と出会ったことがあるゴリさん。引退の話を聞きつけて柳ヶ瀬へ向かい、“やなな”と再会。かつて授業をしたことがある小学校で、最後の授業を行うという彼女に連れられ、柳ヶ瀬商店街近くの小学校へ。その最後の授業で、子どもたちとゴリさんは“やなな”の最後のメッセージを受け取る。そのラストメッセージを受け、商店街の子どもたちは「街の宝物」を探す冒険に出発。果たして彼らが見つける柳ヶ瀬の宝物とは…。

同じ年代の公開番組

島に生きる ~小呂島 たった一人の一年生~

人口約200人の小さな離島、福岡市西区「小呂島(おろのしま)」。大都市・福岡市の一部でありながら、本土から船で1時間かかり、玄界灘に浮かぶこの島の存在は、福岡市民にもあまり知られていない。小呂島には、唯一の学校・小呂小中学校がある。児童生徒数は合わせて12人。そんな小さな学校に、たった一人の新入生が入学した。島唯一の小学1年生、北川颯くんだ。◆少人数の学校ながら、運動会には全島民が集まるなど、総は強い。地域の繋がりが希薄になった現代社会の中で「島みんなが家族」の愛情を一身に受け、颯くんは成長していく。しかし、島での教育は本土の子どもたちに比べ、どうしても弊害が多い。水泳学習では島にプールがないため、普段漁港の片隅を使って海水で授業を行う。冬場になると、物資を運ぶ船が時化の影響で欠航することが多くなり、給食の食材が届かないことも珍しくない。◆そして学校に限らず、島で最も不便さを強いられるのが医療だ。小呂島には、駐在する医師がいない。月に一度、本土の病院から医師が診療にやってくる。そんな環境で生活してきた颯くんには「お医者さんになる」という夢がある。颯くんが5歳の頃、1つ年下の島の女の子が病気で亡くなった。それ以来、颯くんは医師になりたいと話すようになったという。◆一方で小呂島の高齢化率は、県全体の22.4%より低い19.7%。他の離島と比べてもその低さは際立っていて、島の自慢だ。島民の絆が強いのはもちろんだが、豊富な水産資源がある漁業で、若者の働き場所が確保されているというのも大きい。しかし今、この島で漁獲高が下落しているという。さらに魚価の低迷、燃料費の高騰で、漁師である颯くんの父も不安を感じはじめている。「このまま手をこまねいている訳にはいかない」島の若手たちが島興しに力を入れ始めた。◆番組では、島に初めて赴任してきた重祐平先生にもスポットをあてる。颯くんの担任として多くの思い出を作ってきたが、終業式と同時に離任が決まり、涙の別れで島を離れた。颯くんが経験した出会いと別れ、そして成長を見つめ、小呂島の1年を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日曜劇場 とんび〔1〕

最愛の妻を失ったヤスが周りに助けられながらも男手一つ、息子を育てていく。不器用ながらもただひたすらに我が子を愛した父とその息子の絆を描いた物語。原作:重松清、脚本:森下佳子。(2013年1月13日~3月17日放送、全10回)◆第1回。昭和47年(1972)の晩夏、トラック運転手のヤス(内野聖陽)は妻・美佐子(常盤貴子)との間に男の子を授かる。生まれた子は、小林旭から旭と名付けられた。幼い頃から親というものを知らずに育ったヤスと美佐子は、アキラを必死に育てながら幸せな日々を噛み締めていた。アキラが3歳になった頃、休日にヤスが1人で働いていると、「おとしゃんの会社が見たい」というアキラを連れて美佐子がやってくる。その日の朝、些細な事でケンカをしてしまった3人だったが、そこで「日本中をトラックで一緒に回ろう」と大きな夢を語り合う。仕事に戻ったヤスにアキラがタオルを届けようとした時、プラットホームに不安定に積まれた木箱にタオルが引っかかってしまい、アキラの上に積荷が崩れ落ちてくる。咄嗟にアキラをかばった美佐子は、木箱の下敷きになってしまう。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
学び舎をかこんで ~創立135年 12人の児童と最後の1年~

山形県の寒河江市立田代小学校。135回目の卒業式、唯一の6年生が卒業証書をもらう。しかし、この日は学校にとっても、児童にとっても、そして地域にとっても特別な卒業式になる。6年生の彼だけが卒業するのではなく、児童全員、教職員全員がこの学び舎を卒業する…。◆そんな田代小学校では、3つの特色ある取り組みが行われていた。一つめは「畑の活動」。児童一人一人が一人ひと作物をつくる活動で、採れた野菜は給食や無人販売所に並ぶ。児童たちは、児童をサポートする地域の人々と畑の活動を通して生きる力を学んでいる。二つめは「自校給食」。田代小学校の給食は自校で調理する。調理師は、児童が育てた野菜を生かそうと心を込めて給食を作る。そして児童たちは、自分たちが育てた野菜を食べることで心の豊かさを学んでいる。そして三つめは「地域の人々との関わり」。畑の活動、無人販売所の袋つめをサポートするグリーンキーパーと称する地元の人々が存在する。息子や孫がいなくても学校との関わりを持てると、地元の人々は話す。学校と地域が密接に関わり合っているのだ。◆番組では、田代小学校の最後の卒業式からさかのぼる形で、畑の活動、昔ながらの田植え、収穫、収穫感謝祭、新年の餅つきだんご木づくりと、12人の児童の日常の様子を振り返る。そして「学校」と「児童」と「地域」の関係性を見直し、地域の中での学校の存在を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.