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テレビ番組

流鏑馬に生きる 武士の矜持 ~小笠原流850年の伝統~

番組ID
208341
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放送日時
2014年01月02日(木)21:00~22:55
時間(分)
98
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
BSテレビ東京(BSジャパン)
製作者
BSテレビ東京(BSジャパン)
制作社
BSテレビ東京(BSジャパン)、堀田明宏事務所
出演者
ナレーター:前川建志
スタッフ
構成:吉田豪、構成:阿武敦子、撮影:堀田明宏、撮影:中村隆信、撮影:梶岡禄仙、撮影:西川史人、撮影:田高伸悟、撮影:松本英司、撮影:長ヶ部繁、照明:藤枝義雄、音声:中洋介、音声:八木香織、編集:本田恵、編集:相馬京子、編集:中辻ひとみ、編集:鈴木裕樹、編集:土田真那斗、編集:藤田憲史、MA:上松健二、選曲効果:月田知巳、題字:松本淑子、技術:上本英史、技術:小板橋宏、技術:寺内崇陽、宣伝:宮崎直子、編成:伊藤淳也、演出:堀田明宏、プロデューサー:阿武敦子、チーフプロデューサー:梅崎陽
概要
季節を彩る伝統行事として、全国各地の神社で奉じられる流鏑馬。850年にわたりこの流鏑馬の流儀や技を守り伝えてきた小笠原家。礼法・弓術(歩射)・弓馬術(騎射)、武家のしきたりを伝承する「平成の武士」、小笠原清基さんの継承者としての宿命と生き様を描く。◆父である小笠原清忠さんは三十一世の宗家、70歳になる。次代を担う宗家の嫡男、清基さんは「流儀を教えることで生計を立てることを禁止」という家訓に従い、製薬会社の研究員として日々研究に追われる。そしてその傍ら、小笠原流後継者としての活動を行っている。終業後も稽古や指導に励み、休日の行事を終えると翌日には研究所に出勤するという文武両道の多忙な日々だ。現代において「武士として生き続ける」意味とは…。清基さんの本音と素顔に迫る。

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