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ニュース映画

毎日世界ニュース 419 北朝鮮帰還協定調印さる

番組ID
N00827
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上映日
1959年08月19日(水)
時間(秒)
83
カテゴリ
国際情勢・海外
概要
在日朝鮮人が待ちわびた、彼らの帰還に関する協定は1959年8月13日カルカッタで調印された。朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)は、まさに手の舞い足の踏む所を知らぬ興奮のルツボ。帰国第1船も11月10日出港と決まって、人々の心はもう故里の土を踏んだように弾んでいる。新潟の集結所には、元アメリカ空軍宿舎があてられて、帰国業務の開始を待つばかり。しかし一方では韓国側の反対も待ち構えている。8月15日、新潟に集まった韓国人は約2千人、出港までにはまだまだ根強い反対が続くことだろう。こうした中で迎えた8月15日の解放記念日。日本では終戦記念日のこの日、帰国者たちにとっては二重の喜びに包まれた祝賀会となって、各地で盛大に行なわれた。

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毎日世界ニュース 426 救援を待つ災害地

次第に明らかになっていく伊勢湾台風(台風15号)の被害状況。奈良県吉野郡川上村では山津波で54人が生き埋めとなり、救出作業は困難を極め土砂にのまれた人々の生命は、全く絶望視されている。伊勢神宮では樹齢8百年を超す神木が根こそぎに倒されて、復旧作業に初めて神域にクレーン車が入った。あれから一週間、依然泥海に孤立したままの中京地方では、ついに大切な土地家屋を捨てて、被災者たちが危険を冒して続々と舟や車で集団避難を開始。しかし、衰えを見せぬ濁流にもまれて、自衛隊の救出作業もなかなかはかどらず、空からは日米40機のヘリコプターが出動、人々は着のみ着のまま恐怖におののきながら避難所へ運ばれて行く。国道にも延々と避難者の列が続いている。一方、全国からの救援物資もようやく到着、地元高校生の勤労奉仕で災害地へ向けて食糧のピストン輸送が始まったが、救援物資を積んだ車が至る所で立ち往生。やっと届いた物資も、現地ではわずかに握り飯と、キャベツ1個に水1升の配給というわびしさだ。それでも久しぶりにありついた食料で僅かに生気を取り戻したが、ほっとする間も無くまたも無情の雨が降って、決壊した堤防からは再び海水が逆流、豊作の夢は無惨にも湖水に呑まれてしまった。更に、1週間にわたる長い汚水の中の生活に伝染病が至る所で発生。既に名古屋市内の病院は450名の赤痢患者で満員の有様。死者・行方不明合せて5千名を突破。学校の校庭にはまだ引取り手も無い死体が、野ざらしのまま冷たい雨に濡れている。やっと始まった仮堤防工事もはかどらず、水が引くまでには2、3ヵ月もかかりそうな現状だ。1959年10月3日、岸信介首相が名古屋に到着、翌4日には皇太子さまもお見えになって、空から水害地の惨状を視察した。史上空前の惨禍を受けた災害地は、泥海の中で今救援の手を待ちわびているのである。


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