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ニュース映画

毎日世界ニュース 408 東京オリンピック決る

番組ID
N00780
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上映日
1959年06月03日(水)
時間(秒)
144
カテゴリ
スポーツ
概要
ミュンヘンで開かれた国際オリンピック委員会総会で、1964年の第18回オリンピック大会の開催地は、東京に決定した。昭和15年(1940年)の東京オリンピックが戦争で中止されて以来、ようやく念願かなった東京都庁では万歳で沸き立った。一方、日本体育協会本部は早速五輪旗を揚げて祝福した。街でも気の早いオリンピックブームを煽りたてている。これは戦後初めて日本が参加した、1952年の第15回オリンピック、ヘルシンキ大会の記録。エジンバラ公に敬礼して140余名の日本選手団が堂々と行進する、1956年第16回オリンピック、メルボルン大会。5年後には、東洋に初めて聖火が運ばれて来ることになったのだ。今日も若人が力と技を競う国立競技場。ここで開かれる東京オリンピック大会を立派に成功させたいものだ。

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毎日世界ニュース 423 安保改定を前に 勤評から西尾問題まで

1959年9月8日、日教組(日本教職員組合)は勤評(勤務評定)反対の統一行動を全国に展開。東京では文部大臣に会見を求めたが門を閉ざして面会謝絶。安保条約改定阻止と勤評反対闘争は表裏一体だと気勢を上げたが、教育委員会との団体交渉も物別れとなって、泥沼から一歩もはいあがれない。同じ日、基地砂川町では安保改定阻止の中央大会が開かれ、米軍の駐留は憲法違反であるという東京地裁の判決を支持するデモが、夜の更けるまで続いた。1959年9月9日、ダレス長官の追悼式には吉田茂元首相をはじめ、岸信介総理、マッカーサー米大使ら多数が参列して、安保条約の生みの親ダレス氏を偲んだ。8年前のこの日、サンフランシスコにおいて講和条約および安保条約が調印されたのである。この抱合わせの両条約をめぐって、社会党は講和条約賛成、安保条約反対の立場をとる右派と、両条約に反対する左派が激しく衝突、ついに分裂の憂き目を見るに至った。あれから8年、社会党青年部大会は、議場混乱のうちに西尾末広氏の除名を絶対多数で決議した。こうした中で1959年9月12日、第16回社会党大会を迎えたが、安保闘争に対する西尾氏の言動が党紀に反すると詰め寄る左派と、受けて立つ右派が真向から対立して、冒頭から荒れ模様。大会運営委員会では、決議案をめぐってつかみ合いをする騒ぎ。結果は「西尾氏を統制委員会に付議する決議案」を大会に上程することになった。西尾氏の弁明と、河上丈太郎氏の決議案反対表明に続いて投票に入り、決議案は可決された。こうして社会党は西尾氏の去就をめぐって、統一以来最大の危機を迎えた。


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