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ニュース映画

毎日世界ニュース 395 あれから五年 第五福龍丸

番組ID
N00725
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年03月04日(水)
時間(秒)
160
カテゴリ
社会
概要
静岡県の焼津港は、今日も朝から威勢のいいマグロの水揚げで活況を呈している。かつての第五福竜丸は練習船として若人の夢をはぐくんでいる。昭和29年(1954年)3月1日、ビキニ水域でアメリカの水爆実験による死の灰をかぶり、久保山愛吉さんが初の犠牲者となってから5年、焼津市では外国代表も加わって原水爆実験反対の誓いを新たにした。久保山すずさんは缶詰工場で生活と闘っている。遺児たちも大きく成長した。被爆者の大石さんはクリーニング屋に、御崎さんは豆腐屋にそれぞれ転業。この人たちにようやく明るい生活が蘇って来た今、原水爆実験は繰り返したくないものである。

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毎日世界ニュース 418 松川事件裁判やり直し

昭和24年(1949年)8月17日午前3時9分、東北線上り旅客列車が突然脱線転覆。乗務員3名を死亡させた松川事件も、あれから丁度10年。1959年8月10日は最高裁の判決の日。無罪要求の行進が被告たちを先頭に続々と東京に入って来る。この日最高裁は異例の警戒ぶり、乗り込んで来た右翼が押し返され、一方では労働組合員たちも警官に阻止されて近づけず、遠くで公正裁判を要求。こうした騒ぎをよそに午前9時過ぎ、南門から傍聴人が静かに入廷。そのあと被告が続いて入る。やがて田中耕太郎最高裁長官も出廷して、午前10時3分、松川事件上告審の判決が下された。「原判決を破棄し、本件を仙台高裁に差し戻す」。裁判はまったくのやり直し。長い間ペンで共に闘ってきた作家広津和郎氏の感慨はひとしお。2審で死刑だった被告は「無罪でないのが残念だ」ともらせば、田中長官は「良心に従う裁判とは、どちらにも気兼ねなしにすることだ」と語る。しかし、さすがに10年ぶりに取り戻した被告たちの喜びは大きく、「松川公判を聞く会」に集まった数千人の労働組合員から、家族と共に祝福を受ける。無罪への明るい見通しに、歓呼の声は夜の街にいつまでもこだました。


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