テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

毎日世界ニュース 391 羽黒の火祭り

番組ID
N00705
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年02月04日(水)
時間(秒)
137
カテゴリ
地域
概要
積雪の山形県羽黒山は1959年1月31日、男だけのお歳夜祭。藁で作ったツツガムシの綱は護り神と、たいへんな奪い合いである。この日は羽黒山伏の百日戒行満願の日で、修業の験力を判定する「兎の行事」、役者と所司が問答する「国分けの行事」、護り神が火打ち石で浄火を切る「火の打替えの行事」など、数々の奇習がみられる。吹雪の真夜中になって祭は最高潮。裸の男も繰り出して火を放ち、先着競いの荒行事。夜を徹して五穀豊穣の祈りに炎上する羽黒の火祭りである。

同じ年代の公開番組

毎日世界ニュース 418 松川事件裁判やり直し

昭和24年(1949年)8月17日午前3時9分、東北線上り旅客列車が突然脱線転覆。乗務員3名を死亡させた松川事件も、あれから丁度10年。1959年8月10日は最高裁の判決の日。無罪要求の行進が被告たちを先頭に続々と東京に入って来る。この日最高裁は異例の警戒ぶり、乗り込んで来た右翼が押し返され、一方では労働組合員たちも警官に阻止されて近づけず、遠くで公正裁判を要求。こうした騒ぎをよそに午前9時過ぎ、南門から傍聴人が静かに入廷。そのあと被告が続いて入る。やがて田中耕太郎最高裁長官も出廷して、午前10時3分、松川事件上告審の判決が下された。「原判決を破棄し、本件を仙台高裁に差し戻す」。裁判はまったくのやり直し。長い間ペンで共に闘ってきた作家広津和郎氏の感慨はひとしお。2審で死刑だった被告は「無罪でないのが残念だ」ともらせば、田中長官は「良心に従う裁判とは、どちらにも気兼ねなしにすることだ」と語る。しかし、さすがに10年ぶりに取り戻した被告たちの喜びは大きく、「松川公判を聞く会」に集まった数千人の労働組合員から、家族と共に祝福を受ける。無罪への明るい見通しに、歓呼の声は夜の街にいつまでもこだました。


videocamニュース映画
毎日世界ニュース 401 慶祝協奏曲

1959年4月10日、晴れやかに「結婚の儀」を終えられた皇太子殿下と美智子妃殿下は、6頭立4頭引きの儀装馬車に乗って皇居をご出発。華やかなパレードに移った。沿道の人々の歓呼にこたえながら東宮仮御所にお着きになったお二人は、やっとくつろいだ新婚第一夜をお迎えになった。この日各地ではお二人にあやかって空前の結婚ラッシュ。京都では御所の前で26組が一度にゴールインすれば、東京でも皇太子さまにつづけと3組が仲良く誕生、皇太子殿下万歳を三唱した。記念撮影もあとがつかえている結婚ブーム。東京駅では、新婚列車「ちよだ号」が満員の花嫁花婿を乗せて、ハネムーンの旅にスタートした。夜は東宮仮御所に地元の人々がお祝いの提灯行列。お二人の幸せを祈る提灯の波は夜の更けるまで続いた。群馬県の沼田市では70組の男女が参加して慶祝テニス大会が開かれ、桜咲くテニスコートにロマンスの花を咲かせた。一方、正田家の郷里館林はまるで感激と興奮のルツボ。パレードを繰り出して市始まって以来のお祭り騒ぎに沸き立った。東京でもイルミネーションに輝く花電車が夜の銀座を彩り、国立競技場では6万の人を集めて「お祝いの夕べ」が行なわれ、奉祝気分は最高潮に達した。越えて12日、皇居ではお二人の結婚を祝う内宴が催され、天皇ご一家は美しい振袖姿の美智子妃殿下を囲んで、なごやかなひと時を過ごされた。そして13日から3日間にわたって、ご結婚披露の宮中祝宴が、内外の名士を招待して仮宮殿北の間で華やかに開かれた。


videocamニュース映画