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テレビ番組

ほっとネットとうほく わが子は誉れ ―老いてゆく男の子と家族の16年―

番組ID
218927
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放送日時
2024年02月17日(土)12:00~12:55
時間(分)
48
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
東日本放送(KHB)
製作者
東日本放送(KHB)
制作社
東日本放送(KHB)、東北朝日プロダクション
出演者
ナレーション:増田貴久
スタッフ
タイトル:前田力哉、MA:枝松舞、撮影:苅宿貴庸、撮影:松木和年、撮影:鈴木寛久、ディレクター:佐藤まゆみ、プロデューサー:藤井尚弘、制作:山口則幸
概要
仙台市に住む須知誉(すち・ほまれ)さん(取材開始当時6歳)は、難病『コケイン症候群』を抱えている。『コケイン症候群』は、健常者の4倍から5倍の速さで老化が進む早老症の一つで、平均寿命は15歳から20歳といわれている。低身長・視力障害・歩行障害・腎不全などの症状が現れ、発症は50万人に1人という希少難病ゆえ治療法の研究は進んでいない。誉さんが、「見ること」「歩くこと」「食べること」などさまざまなことを失っていく中、唯一の希望は「“思い出”は生きる力になる」という医師からの言葉。誕生日をみんなでお祝いしたり、家族みんなで旅行に行ったりと楽しい思い出をつくっていく。2人の弟たちは、自分よりも小さな兄の病を理解している。懸命に生きた誉さんは、弟・柚稀さんのピアノの発表会に参加した3日後、息を引き取った。深い愛情に包まれ、16年間の人生を全うした誉さんと家族を見つめる。

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