テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

チャンネル4 遺された戦争ポスター

番組ID
217898
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2023年02月25日(土)09:30~10:25
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
語り:田中泯
スタッフ
撮影:滝沢義三、撮影:佐藤陽、撮影:山岸裕也、撮影:駒村友哉、撮影:野本昌伯、EED:永井達也、テロップ:滝沢勝斗、題字:柳沢京子、音響効果:渡辺真衣、ミキサー:原田雅代、取材:広中一成(協力)、取材:久和健一郎、編集:久和健一郎、プロデューサー:久和健一郎
概要
長野県阿智村には、戦時中、国民を戦争へと駆り立てたポスターが遺されている。蔵に大量のポスターをしまい込んだのは、戦時中に村長を務めた原弘平さん。戦争ポスターはメディアの一翼を担い、民衆の心を突き動かした。ポスターは一度に数万から数十万単位で刷られ、役場や学校、民家の板壁に貼られたが、現存するのはわずかで、終戦後こつ然と消えた。番組ではその理由を追った。また、当時の画学生が描いたポスターを取材する過程で、陸軍宣伝班によって中国山西省で作られた2枚のポスターを発見した。うち一枚は、中国共産党軍を敵対視するスローガンが書かれ、子供たちの思想教育にも利用されていたことが浮かび上がってきた。さらに、ウクライナ侵攻が長期化するなか、ロシア人学者が条件付きでインタビュー取材に応じた。世界情勢が刻々と変わる中、残された無言の証言が現代に問いかけることとは。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(2023年報道番組優秀)

同じ年代の公開番組

ザ・ノンフィクション 私が踊り続けるわけ2 56歳のストリッパー物語 前編

ストリップ劇場で、涙を流しながら踊り子をみつめる女性たちがいる。彼女たちの視線の先にいるのは、日本で最高齢のストリッパー・星愛美さん(56歳)。愛美さんを見つめる女性たちの瞳からは、涙があふれて止まらない。彼女たちは愛美さんの踊りに何を見ているのだろうか。愛美さんを全国各地に追い掛ける「星組」と呼ばれる熱心なファンたち。彼女を応援することがきっかけとなり、強い絆で結ばれている。その中心メンバー、スーさんは10年前に退職後、偶然愛美さんと出会い、全身全霊で舞台に立つ愛美さんの姿にすっかり心を奪われた。以来、全国各地へ愛美さんの応援に駆けつけるようになる。そんなスーさんをがんが襲ったのは2018年。生きている限り、愛美さんの舞台を見続けると決意し、余命宣告を受けてからも、全身の痛みに耐えて、全国を巡っている。一方、愛美さんもがんにより子宮を全摘出した体は、リンパの流れが滞り、体中に痛みが絶えず、股関節も悲鳴を上げ、年々踊ることが厳しくなっている。それでもスーさんが劇場に足を運んでくれる限りは、踊り続ける愛美さん。しかしそんな中、スーさんとの連絡が途絶えてしまう。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
いのちを描くアーティスト ~現代美術作家・高橋秀の挑戦~

現代美術作家・高橋秀さん(92歳)は瀬戸内海に面する岡山県倉敷市の沙美海岸に建つアトリエで、世界が認めるアート作品を生み出している。シンプルな造型と温かみのある曲線が特徴だ。1930年に現在の福山市に生まれ、画家を目指して上京。入学した学校を離れて独自に美術作家を目指した。やがて画壇の芥川賞とも言われる安井賞を受賞すると、単身イタリアに渡り、自らの作風を模索。「命」をテーマに実績を積んだ。倉敷芸術科学大学に招かれ、イタリアと日本を往復しながら、作家と大学教授として活動した。2004年に41年間のイタリア生活を閉じ、倉敷市玉島に移住。高橋さんは子どもを対象とする絵画教室や美術イベント「沙美アートフェスト」、若手作家の海外留学を支援する秀桜基金留学賞など、アートを通して美術教育や、次世代アーティストの養成にも尽力してきた。何より92歳となった今も意欲的に創作活動を続けている。そして、留学する若者たちに「外から日本を見て感じてきなさい」と語りかける。高橋秀さんの創作活動の歩みと功績を重ね合わせて振り返る。◆淳風会presents


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
映像’23 即死の真相 阪神・淡路大震災28年目の証言

阪神・淡路大震災では6,434人が亡くなり、そのほとんどは「圧死」で「即死」であったといわれる。そこから導き出される教訓は「耐震性の高い家に住むこと」であり、それ以外の対策には目が向きにくくなる。防災研究の第一人者で神戸大学名誉教授の室崎益輝さんは、この「即死説」に疑問を呈する。室崎さんと学生たちがおこなった遺族への聞き取り調査では、「地震発生後1~2時間は息があった」、「しばらく声が聞こえていた」などの証言も多い。広島に住む加藤りつこさんは息子の貴光さん(当時21歳)の死の真相を今も問うている。大学2年生だった貴光さんは兵庫県西宮市の自宅マンションの倒壊により亡くなった。死体検案書によると「圧死」で、死亡時刻は地震直後の午前6時になっていた。しかし、上階の住民は、貴光さんが壁をたたいて助けを求めていたと証言する。「息子は即死ではなかった。最後に何を考え、何を言いたかったのだろうか」と、加藤さんは今も考える。既存の住宅の耐震化は、費用がかかるためになかなか進まない。地震で住宅が倒壊しても、即死でなければ、救助や医療態勢の充実によって救える命があるかもしれない。阪神・淡路大震災で救命治療や検死にあたった医師、遺族らの証言をもとに、耐震化だけではない教訓について考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.