テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

おいてけぼり 【9060家族】

番組ID
217321
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年05月31日(月)02:18~03:18
時間(分)
54
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
中京テレビ放送(CTV)
製作者
中京テレビ放送(CTV)
制作社
中京テレビ放送(CTV)
出演者
語り:柄本明
スタッフ
ディレクター:森葉月、撮影:森葉月、撮影:佐藤彩子、撮影:伴尚志、ミキサー:原田雅代、編集:藤谷圭太朗、音楽:須田佑樹、監修:安川克巳、題字:加藤眞由美、プロデューサー:吹上直裕、プロデューサー:横尾亮太
概要
35年にわたり自宅にひきこもる54歳の娘。市営団地で一緒に暮らすのは92歳の父。暮らしの支えは、父の退職金と年金だ。そんな状況の中、去年末に「お父さんが亡くなった」と娘から記者に電話があった。高齢化するひきこもり家族にとって、いずれ来るとわかっていたその日。そして偶然見つかった遺書。ひきこもりから脱却し自立するため、娘は54歳にして人生初の1人暮らしを始めた。しかしそこには多くの壁があった。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(2021年報道番組優秀)、「地方の時代」映像祭(2021年選奨)

同じ年代の公開番組

どーんと鹿児島 新型コロナ 医療の現場から

新型コロナ医療の“最後の砦”と呼ばれる鹿児島大学病院。重篤な患者の命を救う人工心肺装置・ECMOが扱える、県内有数の医療機関だ。コロナ患者は容体が急変しやすいため、24時間体制で患者を見守る。病室に入るスタッフは、防護服に二重のゴム手袋、ヘアキャップを身に着け、常に感染リスクと隣り合わせの過酷な現場で奮闘を続けている。新型コロナの患者が亡くなった場合、感染対策のため通夜や葬儀ができず、遺骨となって遺族のもとに帰るケースがある。しかし、鹿児島大学病院では1例目の死者から、感染対策をとった上で病室に棺を置き、家族との最後の面会を叶えてきた。そこには患者1人1人の命と向き合い、遺族に寄り添おうとする看護師の思いがあった。さらに新型コロナで夫と母を亡くした女性を取材。家族を失い悲しみに暮れていた女性の心の支えになったのが、看護師による闘病日記だった。日記に綴られていたのは、可愛らしい手書きのイラストと、懸命にウイルスに立ち向かう夫の姿だった。そして日記は、医師と看護師からのねぎらいの言葉で締めくくられていた。番組では、医療崩壊を防ぐために医療機関の枠を越えて連携する医師たちの取り組みや、コロナ禍で地域格差が深刻となっている離島医療の現状にも着目し、未曾有の感染症に立ち向かう地域医療の姿を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
SBCスペシャル まぼろしのひかり 原発と故郷の山

福島第一原発の事故で今も帰還困難区域が解除されない町や村で生きる長野県と縁のある人たちを中心に、国や自治体による公の記録からこぼれ落ちる住民目線の記録、終わらない原発事故を生きる民の声を伝える。◆長野市在住の増田哲将さんは、かつて福島第一原発の副所長を務め増設を進めた。増田さんの証言を手掛かりに双葉郡の関係者を訪ね、原発推進の知られざる実態に迫る。一方で、夢の代償を負わされ続ける人たちがいる。岩間政金さんは、戦後、長野県から福島県葛尾村に入植したが、原発事故で故郷を追われ仮設暮らしを強いられてきた。放射能に汚染され、帰還困難区域として立ち入りが規制されている集落の住民もいる。浪江町の今野義人さんは、複雑な思いを抱きながら、住民の声を集めて記録誌を作っていた。「百年は帰れない」と言われた故郷を後世に伝えたいと願っている。福島第一原発事故から10年。復興の陰で置き去りにされる人々や、隠されていく不都合な事実に光をあて、記憶や記録が時間の経過とともに急速に風化していくなか、決して忘却を許すことなく、終わらない原発事故を俯瞰的な視点と個別の課題を織り交ぜて問い直す。◆シリーズ東日本大震災10年


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
映像’21 終わらない“自主避難” 福島県中通りの家族たち

福島県の中部、奥羽山脈と阿武隈高地にはさまれた内陸地域は「中通り」といわれ、県庁所在地の福島市や経済、交通の中心である郡山市もここにある。2011年3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原発事故で、中通りは大量に降り注いだ放射性物質で汚染されたが、住民は強制避難の対象にはならなかった。原発事故当時、郡山市に暮らしていた森松明希子さん(47歳)は、3歳と0歳の子どもへの影響を考え、夫を福島に残して大阪に避難した。いわゆる自主避難だった。それから10年、森松さん母子は大阪で暮らし、夫が月に一回ほど福島から来訪する生活が続いている。福島市に暮らしていた大学准教授、荒木田岳さん(51歳)もまた、震災翌日、妻と2人の子どもとともに新潟に自主避難した。職場は福島市にあるため、10年経った今も、通勤に往復およそ5時間をかける生活を続けている。森松さんや荒木田さんは“自主避難”を続けながら、国と東京電力を相手に、避難や被ばくを強いられたことによる損害賠償を求める裁判の原告になっている。10年前に国が発令した「原子力緊急事態宣言」は未だ解除されず、県内外への避難者は今もおよそ3万人いる。番組では自主避難している二組の家族の他に、「中通り」に留まった人たちにも取材し、原発事故からの真の「復興」について考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.