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テレビ番組

遺すことば ~三重から島へ ハンセン病回復者の思い~

番組ID
216964
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年05月30日(日)20:55~21:55
時間(分)
58
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
三重テレビ放送(MTV)
製作者
三重テレビ放送(MTV)
制作社
三重テレビ放送(MTV)
出演者
ナレーション:向マスミ、ナレーション:平田雅輝、ナレーション:中久木大力
スタッフ
CG:黒川直子、編集:宮本憲明(補)、録音:吉岡秀之、イラスト:田槙奈緒、MA:夏原拓朗、編集:飯田裕士、撮影:塩谷久夫、撮影:小川秀幸、撮影:河辺佳史、ディレクター:小川秀幸
概要
2021年は、ハンセン病患者の終生隔離を定めた「らい予防法」廃止から25年、法律の違憲性を問う国家賠償請求訴訟の原告勝訴判決から20年の節目。三重テレビでは2001年からハンセン病問題を追いかけてきたが、取材対象者の多くが他界し、療養所の高齢化も進み、彼らの言葉はより重みを増している。三重から島に送られた人たちが人生の晩年に勇気を出して語ってくれた言葉は、これからを生きる世代への遺言ともいえる。新たな感染症への差別は今も絶えない。節目の年にあたり、過去に紹介した人たちのインタビューを体系的に紹介し、胸に刻んでもらおうと企画し、1月31日の「世界ハンセン病の日」に放送した番組を主軸に再構成した番組。「荷物のように」収容された様子、入所当日に父の背中を見て感じた特別な思い、「(療養所に)入ったら二度と出れないと言われて死を選ぼうとした」経験、子どもを持つことが許されなかった無念さ。回復者たちの経験を伝えるほか、スポ―ツや趣味などに力を注いだ様子も紹介する。最後のパートでは、河村さん(仮名)と妻、療友にスポットを当て、ハンセン病問題の実情を浮き彫りにする。

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