テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

戦争が生んだ子どもたち

番組ID
216020
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2020年11月23日(月)09:55~11:12
時間(分)
60
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
ABCテレビ(朝日放送)
製作者
ABCテレビ(朝日放送)
制作社
ABCテレビ(朝日放送)
出演者
ナレーション:古川昌希
スタッフ
カメラ:中西朋暁、編集:牧田健佑、EED:今西政之、EED:垣見悠斗、音響効果:前田陽一、音響効果:植田靖央、協力:工藤則光、協力:西村健、協力:宮寺信良、協力:木川剛志、ディレクター:猿渡研二、プロデューサー:藤田貴久
概要
終戦後、駐留米兵と日本人の間に生まれた子どもたちの、今も続く苦悩を伝える。◆横須賀市に住む青木ロバートさん(72歳)の父親は黒人米兵で、母親は横浜でロバートさんと妹を出産した。父親が帰国すると壮絶ないじめを受け、母親は幼い2人を施設に入れた。その後、妹は養子縁組され渡米し、ロバートさんは偏見から衝突が絶えなかったため、職を転々とした。取材を進めると、当時混血児などと呼ばれた子どもが多数いて、その多くは、日本人でありながら、日本人から差別を受けて生きていたことがわかった。テキサス州で暮らすバーバラ・マウントキャッスルさん(73歳)は日本で米兵の父親と日本人の母親の間に生まれた後、66年前に養子縁組され渡米した。母親に会いたい、ルーツを知りたいと、SNSを使い、当時の自分の名前と同じKIGAWAという苗字の日本人にメッセージを送り続けた。メッセージを受け取った一人、木川剛志教授は、肉親捜しに協力し、母親が横須賀市にいたこと、日本人男性と結婚したことなどを突き止めた。バーバラさんに伝えると日本行きを決意。既に母親は他界していたが、旅の最後に待っていたものがあった。黒島トーマス友基さん(34歳)の祖父は大阪の駐屯地にいた米兵だ。孫の代になっても苦悩は続いている。

同じ年代の公開番組

一命をとりとめた後に “見えない障害”と向き合う

2019年7月、福岡市在住の深町伊久美さん(48歳)は高速道路で運転中に脳出血に襲われ、ガードレールに激突した。その一部始終をドライブレコーダーが記録していた。この日から彼女の生きる世界は大きく変わってしまう。一命を取り留め、手足の麻痺などは残らなかったものの、「視野の左半分が認識できない」「いつもぼんやりする」などの後遺症が残った。診断は「高次脳機能障害」だった。日常生活に支障があるにも関わらず一見すると分かりにくいため“見えない障害”と呼ばれ、全国で約50万人いると言われている。深町さんがリハビリ中に立てた目標は、地元のマラソン大会に出場すること。視野に障害を抱える深町さんにとって走ることは健常者とは比べ物にならないほど恐怖を伴う。それでも、この障害に向き合うため家族や友人らに支えられながら挑戦を続ける。番組では深町さんの挑戦や同じように高次脳機能障害を患う男性への取材を通して、理解されにくい高次脳機能障害の特性やメカニズムについて伝えるとともに、先進の治療やリハビリ、国の政策などを取材し、医療、福祉的な面からもこの障害をめぐる支援の課題を探る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
WATCH ~真相に迫る~ 毒ガス島の記憶 ~ヒロシマ もう一つの戦後75年~

広島県竹原市の忠海沖に浮かぶ大久野島は、約500羽のウサギで人気の観光地である。藤本安馬さん(94歳)は1941年、14歳で大久野島の陸軍養成所に入り、3年間毒ガスの製造にあたった。製造していたのは、「死の露」とも呼ばれた致死性の毒ガス「ルイサイト」である。大久野島で作られた毒ガスは小倉の施設で発煙筒や砲弾に詰められ、中国に配備された。日本軍は中国で毒ガスを使用したとされるが、関連資料は戦後、焼却されて残っていなかった。しかし、取材を進めるうちに元兵士が個人的に保管していたとみられる報告書と、元兵士の録音音声を発見した。報告書には、ゲリラ戦を展開していた中国軍の地下道に毒ガスを投げ入れた事実が記されていた。地下道に逃げ込んだ中国軍と住民たちが犠牲になった。毒ガスで家族を失った住民は、当時の様子を証言し、今も抱える悲しみを語った。一方で、毒ガスを使用した元兵士たちも戦後、自らの行為に罪悪感を抱き、葛藤していた。元工員の藤本安馬さんは戦後、中国での毒ガスの被害を知り、苦悩していた。毒ガスを造った人、使った人、使われた人。毒ガスは勝者を生み出すことなく、傷痕だけを遺した。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組