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テレビ番組

テレメンタリー2021 変わる古里 ―フクシマはいま―

番組ID
215940
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放送日時
2021年03月20日(土)09:30~10:00
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
福島放送(KFB)
製作者
福島放送(KFB)
制作社
福島放送(KFB)
出演者
ナレーション:笠置わか菜
スタッフ
ディレクター:菅野喬、撮影:今井由水、撮影:冨樫敏広、題字:片野尚美、CG:金成幸映、MA:須藤幹成、音響効果:上山宏之、プロデューサー:中山一樹
概要
東京電力福島第一原発事故により大量の放射性物質が拡散し、県内外で放射線量が上がった。線量を下げるため、地面の表面などを取り除く「除染」が各地で行われ、その除染で出た土などの廃棄物を一時的に保管するのが、福島第一原発がある大熊町と双葉町に建設された「中間貯蔵施設」だ。古里を守りたい一方で、施設の建設に協力しなければ復興が遅れてしまうという苦しみを抱える建設候補地の地権者たち。時が経つにつれ、施設建設のため土地を手放す人が増え、町はどんどん除染で出た廃棄物で埋め尽くされていく。そのなかで、震災の津波で亡くなった家族のために、絶対に土地を手放さないと誓う地権者もいる。法律では、中間貯蔵施設での除染廃棄物の保管は最長30年で、その後は県外に搬出されるとされている。しかし、原発事故から10年となってもその議論すら始まっていない。原発事故が起きてから今まで置き去りにされる「フクシマ」の今を伝えた。

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