テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

テレメンタリー2020 犠牲者0の町 ―決壊 大郷の奇跡―

番組ID
215775
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2020年07月21日(火)01:31~02:01
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
東日本放送(KHB)
製作者
東日本放送(KHB)
制作社
東日本放送(KHB)
出演者
ナレーション:本郷奏多
スタッフ
MA:須佐文、音響効果:片山由理、タイトル:白土裕真、タイトル:前田力哉、撮影:佐藤健ニ、編集:佐藤健ニ、ディレクター:鈴木奏斗、プロデューサー:藤井尚弘、制作:阿部佳弘
概要
宮城県の中部に位置する人口約8千人の町・大郷町。中粕川地区は105世帯311人が暮らし、そばを流れる吉田川から引いた水で農業を生業としている。しかし、2019年10月の東日本台風で、吉田川の堤防が100メートルにわたり決壊し、地区のすべての住宅が被害を受けた。水位は高い所で約3メートル。しかし、この地区で死傷者は1人も出なかった。犠牲者ゼロの町の住民は、あの日、どう行動したのか。KHBでは東北大学と共同で、50人以上の住民に聞き取り調査を実施。その証言を基に当時の避難行動を映像化した。

同じ年代の公開番組

ぼちぼちと 西日本豪雨と3世代家族の1年10ヵ月

2018年7月、西日本を襲った豪雨は岡山県にも大きな被害を及ぼした。倉敷市真備町では川の堤防が決壊し、町の3割が水没。真備町で、先祖代々の田んぼを守ってきた福島和雄さん(59歳)は、その夜、孫娘のお誕生日会をしていたが、危険が迫り、一家はケーキも部屋の飾りもそのままに避難した。家族に怪我は無かったものの、妻と娘夫婦、2人の孫の6人で暮らしていた自宅を失った。農機具も使えなくなるなどの被害に、コメ作りを諦めかけた福島さんだったが、イネは豪雨に負けずに成長を続けていた。一家は、再び真備町に戻ってくることを誓い、町外の仮設住宅で生活再建を目指すことになった。福島さんは、水害を乗り越えながら田んぼを広げてきた亡き父に思いを馳せ、農業への思いを新たにする。一方で、被災して転校しなければならなくなった小学4年生の孫にある異変が起きていた。また、妻は思い出が詰まった家の解体を前に、生活再建への不安がこみ上げてくる。そんな家族に福島さんがかけてきた言葉は「ぼちぼちと」。苦しい時は抗うのではなく、ゆっくり前を向けばいいという口癖だった。西日本豪雨から1年10カ月、ある3世代家族のその後を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ytvドキュメント COVID-19の設計図 ~未知のウイルスとの闘い 次の一手は~

京都府庁内に設けられた「入院医療コントロールセンター」では、府内の新型コロナウイルス感染者を病院やホテルに振り分けている。このコロナ対応の最前線の場で中心的な役割を果たすのが、高階謙一郎医師(京都第一赤十字病院・救命救急センター長)だ。これまで災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として、様々な災害現場に臨場し、集団感染が起きたダイヤモンド・プリンセス号でも対応にあたった。その経験を生かして、京都第一赤十字病院では、コロナ疑いの患者が連日搬送される救急現場で治療にあたる。“第二波”を前に、医療界では様々な問題が顕在化している。救急患者からコロナ疑いの患者を確実に発見し、院内感染防止を徹底するほか、認知症、周産期、精神疾患など「立場の弱い感染者の受け皿が少ない」問題も急務。さらに、コロナ患者を受け入れた病院の経営状況も危機を迎えていた。きたる第二波に向け、高階医師をはじめとした医療界はどう動くのか。また、感染拡大を防ぐ切り札としてワクチン開発も期待される。大阪大学で長年研究を続けてきたウイルス学の権威・松浦善治教授は「ワクチン開発は国家防衛」だと話し、関西で感染が急拡大した2020年3月からワクチン開発に着手した。番組ではその様子にも密着する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション ボクのおうちに来ませんか モバイルハウスで見る夢

「モバイルハウス」と呼ばれる「移動する家」に住む若者が増えている。赤井成彰さん(31歳)もその一人だ。小型トラックの荷台に、約80万円で小さな家を作り、そこを自宅にしている。暑い夏は北海道で暮らし、寒くなったら暖かい場所へ。北海道大学を卒業し、大手企業で働いていた赤井さんは今、住所にも家賃にも縛られず、自分なりの「幸せな生き方」を模索している。最近は神奈川県相模原市の山の中に暮らす赤井さんには、“相棒”がいる。漫画家の小栗千隼さん(28歳)だ。彼の家は、リヤカーの荷台に木の箱を取り付けた、製作費10万円の「モバイルハウス」。寝返りをうつのも難しいこの家で、日々暮らしている。そんな小栗さんには、付き合って2年の恋人がいる。「現実的なタイプ」と語る彼女は最近、都内にマンションを購入。マイホームを手に入れた彼女は、2人の将来について、不安を抱えている。そんな中小栗さんは、雨に濡れず、寒さも感じない彼女のマンションに居心地の良さを感じ、いつしか入り浸るようになっていく。赤井さんはひとり、山の中で寂しさを感じていた。幸せな生き方とは何か。快適な暮らしとは何か。それを探し求める若者たちを追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
映像’20 映像シリーズ40年 関西発・真夜中のドキュメンタリズム

1980年4月に「映像80」としてスタートした、毎日放送の報道キュメンタリー番組「映像シリーズ」。このシリーズは戦争、障害、差別、労働、教育、外国人、貧困・格差、えん罪など、様々なテーマで、40年にわたり、人や社会のありようを映像に切り取って、視聴者に伝え、問いかけてきた。毎月、最終日曜日の深夜24時50分から放送が始まる。放送に至るまでには、およそ3か月間の取材と、2週間の編集などの作業があり、多くの人間の手により番組がカタチ作られていく。しかし、視聴者からは「いい番組だから、人が起きている時間に放送してほしい」とよく言われる。なぜ、真夜中の放送なのか。商業主義や視聴率の影響もあるだろうが、そこにテレビジャーナリズムの後退を見て取る向きもある。番組では、いま、テレビ業界での報道ドキュメンタリー番組の位置づけについて、局の編成の担当者、広告代理店やメディア研究家に話を聞く。また、関西ローカルでドキュメンタリーを作り続ける意味、中央集権化したテレビ産業の中でのローカル・ドキュメンタリー番組のあり方について、同じ関西ローカルのライバル局の報道ドキュメンタリー番組制作者や、他エリアのドキュメンタリー番組制作者にも話を聞く。東日本大震災、コロナウイルスの感染拡大など、最近10年間だけをとっても、後世まで残るような大きな出来事が起きる度、「映像シリーズ」は現場に足を運び、関西ローカルの視点から番組を制作し、放送してきた。番組では、40年間にわたって放送した番組の数々についても、ダイジェストで紹介していく。「なぜ、番組が40年も続いているのか」という素朴な疑問を起点に、「関西発・真夜中のドキュメンタリズム」の素顔を明らかにしていく。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
津軽のキセキ ~津軽三味線・軌跡と奇跡~

青森県津軽地方に伝わる「津軽三味線」は、激しく叩きつけるダイナミックな奏法や、テンポの速さと即興性で、時代や国境を越えて多くの人々を魅了してきた。上妻宏光さんは、津軽三味線の伝統と革新を追求し、ジャズなど様々な音楽ジャンルと競演し、津軽三味線の可能性を発信し続けるトップミュージシャンである。15歳の時に、青森県金木町で開催された津軽三味線全国大会で優勝したことをきっかけに、プロへの道を明確にしたという上妻さん。およそ30年ぶりに金木町を訪ね、地元高校の津軽三味線部の活動を見学し、合奏を提案する。高校生の中にはプロを目指す生徒もいて、津軽三味線は今なお若者たちに愛されている。この音色は一体どこから来たのか、何とつながっているのか。上妻さんが津軽三味線とゆかりの深い沖縄・福井・津軽を訪ねる。そこで見たものは、生活の中で息づく三味線、文化として継承される三味線、世代を越えて愛される三味線だった。上妻さんを通して、津軽三味線のルーツ、その変わらぬ魅力と新たな魅力、そして新時代に高校生たちと紡ぎ出す新しい音色を描く。◆青森テレビ開局50周年記念番組


music_note音楽cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
つなぐ コロナの時代と“魚屋家族”

名古屋で40年間、魚屋を営んできた森嶢至さんは魚の卸売をしながら、飲食店「下の一色」グループ12店舗を経営する社長だ。魚屋ならではの美味しい魚料理と森さんの屈託のない人柄に惹かれて、店には常連客が絶えない。そんな森さんを長女の朝奈さんと次女の花波さんの2人の娘が支えている。還暦を迎える森さんが娘たちに魚屋の後を継がせる姿を追おうと密着取材を始めたが、2020年に入り、新型コロナウイルスの感染が拡大。外出自粛、営業自粛の影響で、多くの飲食店が窮地に追い込まれ、厳しい状況が続く。苦境の中、活路を見いだしたのは家業を継ぐ長女の朝奈さんだった。森さんの故郷である名古屋市中川区の下之一色町は、かつて名古屋で唯一の漁港がある漁師町として栄えた。町の象徴といえる下之一色魚市場で、森さんの母・節子さんが80歳を超えた今も現役で働いている。節子さんは、息子と孫が自分と同じ「魚屋」の道に進んでくれたことを誇りにしている。番組では森さん親子三代にわたる「魚屋家族」が、コロナ禍という逆境にめげることなく、懸命に生きる姿を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.