テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

やまがた発!ニッポンものづくりの極意 後継者たちの未来戦略

番組ID
213393
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2018年05月28日(月)19:00~19:54
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形テレビ(YTS)
製作者
山形テレビ(YTS)
制作社
山形テレビ(YTS)、東北映音
出演者
ナビゲーター:八波一起、ナレーター:熊谷瞳
スタッフ
撮影:村山猛、音声:伊藤憲吾、音声:伊藤正樹、編集:櫻井喜高、CG:佐々木栞、CG:西谷洋平、AD:阿部真子、ディレクター:大津幸典、プロデューサー:高橋尚毅
概要
北前船文化が花開いた山形には、世界的な競争力を持つ町工場や職人たちが今も健在している。菊地保寿堂は平安時代から続くとされる山形鋳物の代表的な工房。15代目の一途な思いが、世界で認められる新たな製品を生み出した。山辺町にあるニットメーカー米富繊維が代々受け継いできた技術によって産み出されるニットが、国内外のファッションシーンを彩る。地元農家のニーズにこたえる創作機器メーカー石井製作所では、農家の負担を軽くする農業機械が作られていた。チャレンジ精神と独創的なアイデアが日本の稲作文化に新たなページを刻む。山形から全国へ、そして世界を相手に挑戦を続ける人々の姿を通じててモノづくりニッポンの極意に迫る。

同じ年代の公開番組

空に舞った花びら ~B29元搭乗員 宮崎慰霊の記録~

昭和20年(1945)4月28日、宮崎上空を飛行していた米軍爆撃機B29・サルボサリー号に、日本軍の高射砲が命中し、日向灘沖に墜落。乗組員12人中11人が戦死した。2017年5月、宮崎の戦史研究者の稲田哲也氏(当時46歳)のもとに、サルボサリー号の遺族の男性から「父がB29に搭乗し、宮崎上空で撃墜されて戦死した。何か情報があれば提供してほしい」という一通のメールが届いた。当時の日米双方の戦闘報告書を所持していたことから、遺族とのメールのやり取りが始まった。こうした中、唯一の生存者、ジャック・B・キャノンさん(当時94歳)が現在も生存していることが判明。稲田氏は、地元の遺族連合会などの協力を得て、サルボサリー号犠牲者の日米合同慰霊祭を実施した。この慰霊祭には、アメリカの遺族とジャックさんも参加した。慰霊祭終了後、宮崎市在住の元特攻隊長、庭月野英樹氏(92歳)と、ジャックさんはお互いに言葉を交わしながら、固い握手を何度も繰り返していた。73年の時を超えて、この平和をどうしたら守れるのかを慰霊祭を通して考える。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
山懐に抱かれて

岩手県で山を切り開き、「山地酪農」に取り組んできた吉塚さん一家を24年にわたり取材したドキュメンタリー。◆千葉県市川市出身の吉塚公雄さん(67歳)は、東京農業大学在学中に猶原恭爾博士が提唱した「山地酪農」を知った。夏も冬も牛を山に放ち、シバと自前の牧草で牛を育てる、自然に近い酪農だ。森林を活用した循環型農業に魅せられた吉塚さんは、牧場開拓のため岩手県田野畑村に移り住んだ。夜も明けぬうちから働いて、木を切り倒し、牛を放ち、シバを一本一本植える暮らし。採れる牛乳は安全で安心だが少量しか採れず、貧しい生活が続く。吉塚さんはプライベート牛乳の製造、販売に挑戦し、食への不安が高まる中、山地酪農の牛乳は順調に売上を伸ばすことに成功する。子どもたちの成長につれ、頑固な公雄さんと農場経営について対立もあったが、牧場経営は長男の公太郎さん、牛乳販売は三男の純平さんが受け継ぎ、公雄さんの夢だったチーズなどの乳製品作りは四男の雄志さんが実現した。今は孫たちも牧場を手伝い始め、吉塚さんが自らの人生を掛けてきた「山地酪農」は親から子に、そして孫たちに受け継がれている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.