テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

土曜ドラマ 55歳からのハローライフ〔5・終〕 空を飛ぶ夢をもう一度

番組ID
212408
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年07月12日(土)21:00~21:58
時間(分)
58
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
原作:村上龍、脚本:大森寿美男、音楽:清水靖晃、タイトル:菱川勢一、考証:和井内英樹(医事)、制作統括:訓覇圭、美術:深尾高行、技術:前田貢作、音響効果:佐々木敦生、撮影:藤田浩久、照明:牛尾裕一、音声:中本一男、映像技術:国友秀光、VFX:西垣友貴、美術進行:山畑勝哉、記録:塩井ヨシ子、編集:渡辺直樹、演出:中島由貴、PD:木村留美
概要
老いてからの婚活、再就職、家族の崩壊、親友との別れ、ペットの死。定年後、老後に訪れる困難から目をそむけず、最後には新たな道を探ろうと歩み出す5人のごく普通の人々に起こる、ごく普通の出来事をリアルに描く1話完結のドラマ。原作:村上龍、脚本:大森寿美男。(2014年6月14日~7月12日放送、全5回)◆最終回「空を飛ぶ夢をもう一度」。出版社をリストラされた因藤茂雄(イッセー尾形)は、自分がホームレスになるかもしれないという恐怖と隣り合わせで生きている。工事現場の誘導員をしていたある日、中学時代に親友だった福田(火野正平)に声をかけられる。福田は現場近くの高級住宅街で暮らしているという。卒業以来忘れていた親友との記憶が少しずつよみがえる因藤。しかし、一か月後、虫の息の福田の関係者から呼び出される。福田はホームレスだった。◆解説副音声あり
受賞歴
放送文化基金賞(第41回ドラマ番組優秀賞)、ギャラクシー賞(第52回奨励賞)、映像技術賞(第68回映像技術賞(音声/中本一男))

同じ年代の公開番組

NBS月曜スペシャル ものまねおまわりさん ~笑いと涙の人生ラストステージ~

歌手や有名人の物まねを交えながら、楽しく交通安全を呼びかけてきたおまわりさんの笑いと涙の物語をつたえるドキュメンタリー。◆「安曇野署の山ちゃん」の愛称で地域に親しまれる山崎方人さんは、長野県警・安曇野警察署交通課に勤務する警察官。長年に渡って交通畑を歩み、交通事故の捜査などを担当してきた。そんな山ちゃんにはもうひとつの顔がある。それは、休日にボランティアで続けてきた“ものまね・交通安全教室”の講師。五木ひろし、森進一、前川清などの歌まねメドレーで会場を盛りあげた後、左卜全や田中邦衛などの物まねをしながら、夜間の高齢者の事故防止を訴えたり飲酒運転の根絶を訴える。これまでに地域の敬老会などで、約60のステージを披露してきたエンターテイナーなのだ。◆「カラスが鳴かない日があっても交通事故のない日はない。突然の事故で大切な人を失った家族の心はいつまでたっても癒えることはない」。交通事故の悲惨さ、恐ろしさを見てきた警察官だからこそ、一つでも事故を減らしたいと願う山ちゃん。物まねを交えた独自の交通安全教室を通じて、四半世紀に渡り交通安全を訴えてきた山崎さんの姿を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ドキュメンタリー 命を撃つ

1976年ごろ国内に53万人いた狩猟人口(狩猟免許所持者)は、2010年で19万人まで減り、その6割超が年齢60歳以上となっている。一方、2012年度の北海道内におけるエゾシカによる農林業被害は63億円に上る。かつては、集落ごとに狩猟免許を持つ「ハンター=狩猟者」がいて、エゾシカを「自然に押し返す」役割を担っていた。北の大地・北海道では、狩猟者が不在となることで、食害も増え、営農意欲がそがれ、耕作放棄地を生むという悪循環を招いている。◆足寄町大誉地の農家・早坂祐さんは食害に立ち向かうために49歳で狩猟免許を取得し、73歳の今も現役のハンターとして畑のシカを駆除している。限界集落で田畑を守るために狩猟を行う老ハンター・早坂さんの日々を取材する。◆江別市の酪農学園大学には、日本で唯一のハンターを養成する狩猟管理学研究室がある。狩猟免許を持つ伊吾田宏正准教授は、野生動物を狩猟によって管理することを教えている。この研究室の大塚裕之さんは2013年に狩猟免許を取得。実習やシカの解体などを通じて、狩猟による動物管理の技術を学んだ。「もともと動物が好きで酷農学園大学に進んだ。銃に良いイメージはなかった」と語る大塚さん。初めて獲物をしとめた=命を撃った時、彼は何を感じるのだろうか。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
イタイイタイ病 全面解決の影で ある医師の闘いと置き去りにされたもうひとつの病

日本で最初に認定された公害病「イタイイタイ病」。2013年12月、長年にわたって補償問題を協議してきた三井金属と被害者団体が「全面解決の合意書」を取り交わした。しかし、病気認定から半世紀近くを経た“完全決着”の取材を重ねていくと、いくつかの疑問が見えてきた。◆賠償や医療補償の対象にすらならない多くの腎機能障害の患者たち。さらに、きわめて重篤な患者しか認定してこなかった行政の認定基準の不透明さ。これまで開示されなかった全面解決へのプロセスを明らかにするため、当事者たちを直接取材した。◆イタイイタイ病の100年にわたる歴史は、国、県、大企業の「権力」に翻弄された歴史だ。地縁血縁の強い地域社会では、反論や異を唱えることがタブーとされてきた。そして、あまりにも長い月日の流れとともに、患者やその歴史を知る人たちは高齢化し、世を去っている。◆全面解決に合意したこの時こそ、イタイイタイ病の歴史と背景を記録し、後世に残す最後のチャンスだと考え、制作された番組。勇気を出して取材に応じてくれた被害者家族の思い、25年にわたってイタイイタイ病の認定審査会に関わってきた医師が初めて明らかにした証言などを伝え、行政の被害者認定と患者救済の姿勢に一石を投じる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’14 「119」 ~つながらなかった救急 6分20秒~

2011年11月9日、山形市内のアパートの一室で一人暮らしの男子学生の遺体が見つかった。大久保祐映さん(当時19歳)。祐映さんの携帯電話に最後の発信記録が残されていた。発信先は「119」。9日前の10月31日午前5時11分だった。しかし、通報を受けた山形市消防本部から救急車は出動しなかった。6分20秒の音声記録が消防本部に残っていた。祐映さんの母親は「救急車が出動していれば息子は助かっていた」と山形市を相手に損害賠償を求めた。山形市は「自分でタクシーで行ける」と祐映さんが要請を撤回したと反論、現在も係争中だ。(番組放送後の2015年3月、山形市が「祐映さんのケースを教訓に救急業務の改善を図っていくこと」などで和解が成立)◆通報を受けた当時、山形市消防本部管内で救急車の出動はなく、5台すべてが出動できる状態だった。なぜ救急車は出動しなかったのか、救急車の要請があっても出動しないケースはあるのか…。取材を進めると、救急車を出動させる判断に全国的な統一基準はなく、山形市同様、職員の個々の判断に出動が委ねられている実情が浮かび上がった。山形市の出動システムは3年経ついまも変わっていない。不要不急のものも含めて救急車の出動要請が増え続ける中、助かる命をどう助けるのか、救急の現場を取材した。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.