テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

メ~テレドキュメント それでも、働く ~ALSになったJリーグ社長~

番組ID
211488
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年05月26日(木)01:59~02:59
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
directions_bike
スポーツ
放送局
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
製作者
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
制作社
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
出演者
ナレーション:久須美慎
スタッフ
撮影:横山大輔、音声:川島敏史、編集:鈴木建晴、編集:河合孝昭、音響効果:河合亮輔、MA:河合亮輔、取材:徳満陽介、ディレクター:久須美慎、プロデューサー:村瀬史憲
概要
経営難から存続の危機に陥っていたFC岐阜。新しい親会社であるJトラストから派遣されたのが当時Jリーグの社長として最年少35歳の恩田聖敬だった。恩田は岐阜県山県市出身。京大の宇宙航空工学科を卒業後、サービス業に興味を抱きエンターテインメント業界に入った。20代でグループ企業の取締役に抜擢された恩田に、Jトラスト藤澤社長はFC岐阜の舵取りを任せた。「出来ないと思うことに取り組むのが仕事」と恩田は言う。サッカービジネスに、もっとエンターテインメントの要素を持ち込むことでFC岐阜の躍進を図ろうと試みた。しかし就任の年、手足に違和感を覚え、精密検査の結果、難病ALSと判明する。恩田は2年目のシーズンになって、発症を公開した。日を追うごとに悪化していく病状をカメラは捉える。それでも社長であることを貫こうとする恩田。その姿はファンや同僚たちに、どう映ったのだろうか。体が動かなくなってもスタジアムに通い続けた恩田に社長辞任を促したのはほかでもない、恩田を指名した藤澤社長だった。不完全燃焼でFC岐阜社長を退いた恩田。彼が「次の道」として選んだのは、新会社の設立だった。
受賞歴
ギャラクシー賞(第54回奨励賞)

同じ年代の公開番組

世界のためにできること あなたの力を途上国の人たちへ

JICA国際協力機構の青年海外協力隊と日系社会青年ボランティア。直接、現地の人たちを指導するため「顔が見える国際協力」として開発途上国からの信頼は厚い。現在、多くの日本の若者たちが各国各地域で活動を続けている。中四国地方から世界へと旅立った隊員やボランティアに密着取材し、その想いを探る。◆岡山・香川から約2万km。南米・パラグアイ共和国では、スポーツの振興に力を入れている。松本慎平さんは青年海外協力隊の柔道隊員として赴任し、パラグアイ代表チームや未来を担う子どもたちを指導している。言葉の違いや文化の違いに戸惑いながらも、大きなやりがいを感じるという。彼の夢は、自分が教えた子どもたちがオリンピックに出場することだ。◆パラグアイに香川県出身者を含む日本人が最初に移住したラ・コルメラ市。ここには多くの日系人が住んでおり、その人たちのために日系社会青年ボランティアが活動している。現地の日系人はパラグアイ人との結婚などで、日本語や日本文化についての知識が薄れてきている。ラ・コルメナ市の日本語学校では、ボランティアの古賀菜美子さんが日系人児童・生徒の日本語力向上を目指して活動を続けている。◆首都のアスンシオンから車で2時間のアトゥラ市。田部信宏さんは取材の3週間前にこの街にやってきた。ホームステイ先でスペイン語を猛勉強中。田部さんは小学校で算数の授業方法を現地の先生たちと一緒に考える予定で、スペイン語は必要不可欠。ホームステイ先の女性は伝統の飲み物・テレレを飲みながら、スペイン語でいろいろな話をする。田部さんにとって女性はパラグアイの母親。現地での活動に確かな手応えを感じている。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.