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テレビ番組

新ふるさと百景 世界の文化財 石州和紙 ~浜田市三隅町~

番組ID
210502
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年10月11日(日)10:55~11:25
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本海テレビジョン放送(NKT)
製作者
日本海テレビジョン放送(NKT)
制作社
日本海テレビジョン放送(NKT)
出演者
スタッフ
撮影:山本芳朗、編集:中原淳一、演出:河野信一郎、制作:河野信一郎
概要
時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆島根県浜田市三隅町に1300年前から伝わるのが「石州和紙」。現在町内に4つの工房があり、伝統にのっとり、それぞれの特徴を活かした和紙作りをしている。石州和紙の特徴は、光沢があって強靭であるにもかかわらず、驚くほどの軽さと柔らかな肌触りをもつこと。また、黄色味がかった色合いが、時を経るにつれ白く美しくなっていく。生産の最も多い「石州半紙」は、地元で栽培された良質の楮(こうぞ)を使って漉かれる。水に強いことから、かつては大阪商人が帳簿に用い、火事の時は井戸に投げ込んで保存を図ったとも言われる。江戸中期の寛政10年に発刊された国東治兵衛の「紙漉重宝記」には、「慶雲・和銅(704~715年)のころ、石見の守護としてやってきた柿本人麻呂が民に紙すきを教えた」とあり、石見地方の紙漉きは1300年前には始まっていたことになる。今でも石州和紙の作り方は、この絵図にあるのとほとんど変わらないと言う。この伝統を引き継ぐ石州半紙技術者会は、昭和44年に国の重要無形文化財の保持団体に指定された。いわゆる人間国宝の集団とも言える。この石州和紙の出来るまでなどを紹介する。

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