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テレビ番組

連続テレビ小説 梅ちゃん先生〔1〕 あたらしい朝が来た

番組ID
210082
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放送日時
2012年04月02日(月)08:00~08:15
時間(分)
15
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK
出演者
スタッフ
作:尾崎将也、音楽:川井憲次、演奏:コンセール・レニエ、主題歌:SMAP、映像:山本高樹(タイトル映像制作)、映像:西尾巧(タイトル映像制作)、監修:松坂勲(医事)、時代考証:天野隆子、指導:平柳恵作(旋盤)、指導:上野洋(裁縫)、指導:新実(竹やり)、特殊メイク:江川悦子、制作統括:岩谷可奈子、プロデューサー:三鬼一希、美術:山内浩幹、技術:黒川毅、音響効果:吉田直矢、編集:藤澤幹子、記録:津崎昭子、撮影:平野拓也、照明:久慈和好、音声:奥山操、映像技術:倉又信久、VFX:釣木沢淳、美術進行:塩野邦男、演出:木村隆文
概要
終戦後、焼け野原となった東京で、名もなき人々の命を守る町医者になっていく一人の女性の物語。作:尾崎将也。NHK連続テレビ小説第86作。(2012年4月2日~9月29日放送、全156回)◆第1週「あたらしい朝が来た」第1回。昭和20年(1945)8月、東京・蒲田では16歳の下村梅子(堀北真希)が、医師で大学教授の父・建造(高橋克実)と母・芳子(南果歩)、そして姉・松子(ミムラ)と兄・竹夫(小出恵介)、祖母・正枝(倍賞美津子)と6人で、焼け跡のバラックで暮らしていた。勤労動員のため梅子は工場で働いているが、いつもドジばかり。そんな中、終戦の玉音放送が流れる。しかし、梅子は喜んでよいのか、悲しんでよいのか、よく分らずにいた。◆解説副音声あり

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