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テレビ番組

メ~テレドキュメント 祖国への遺言 ~「英雄」荘則棟と中国~

番組ID
209381
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放送日時
2014年05月26日(月)04:05~04:55
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
製作者
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
制作社
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
出演者
ナレーション:深津麻弓
スタッフ
撮影:浅井大輔、撮影:高軍、音声:大泉真一、編集:世古和弘、編集:河合孝昭、効果:大川育三、効果:北西理恵、取材:村瀬史憲、構成:村瀬史憲、プロデューサー:井上準、制作統括:平岩潤
概要
中国で「民族の英雄」と呼ばれた元卓球チャンピオン・荘則棟。2013年2月、北京。彼の告別式は異様な雰囲気に包まれた。会場は病院の霊安室。周辺を公安警察が取り囲み、メディアの取材や一般の弔問は禁止された。当局はなぜ、荘の弔いを隠そうとしたのか。◆荘には妻がいる。佐々木敦子さん。旧満州生まれの日本人で、27年前に荘と国際結婚した。敦子さんは荘が亡くなって数ヶ月、遺骨を手放せずにいた。「困難を共に越えてきたから二人でいたい」そんな気持ちの表われだ。◆1960年代前半、荘則棟は卓球の世界選手権で「男子シングル3連覇」という偉業を達成。建国から間もない中国で、国民に希望と自信を与えた。大会の後、荘は33歳の若さで大臣に抜擢される。ところが毛沢東の死後、権力を握っていた四人組が失脚。荘は四人組の追随者とみなされ、投獄された。◆釈放後、荘は敦子さんと出会って結婚するが、「四人組の追随者」という格印は消えなかった。敦子さんは荘が亡くなって初めて、その意味を知ることになる。敦子さんに訪れた試練、そして荘が残した言葉の意味の中に、現在の中国の「素顔」が垣間見える。◆「メ~テレドキュメント とむらい 英雄の妻が見た国家」の再編集版。

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