テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ちば見聞録 南総里見八犬伝と里見氏 前編

番組ID
209288
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年04月19日(土)20:00~20:25
時間(分)
22
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
school
教育・教養
放送局
千葉テレビ放送(CTC・チバテレ)
製作者
千葉テレビ放送(CTC・チバテレ)
制作社
千葉テレビ放送(CTC・チバテレ)、ジャム
出演者
ナレーション:広居播、語り:福絵美子
スタッフ
題字:千代倉信子、タイトル画:さとう有作、撮影:園田眞吾、編集:小野寺史憲、選曲:塚本桂三、ディレクター:高橋孝雄、プロデューサー:鈴木浩之、プロデューサー:鈴木俊英
概要
三方を海に囲まれ、温暖な気候と豊かな自然に恵まれた千葉県。県内各地にまつわる自然、文化、郷土史の偉人などにスポットを当て「ちばの魅力」を再発見するシリーズ番組。◆「南総里見八犬伝と里見氏」前編。江戸時代後期の長編小説、曲亭馬琴作「南総里見八犬伝」。その題材となったのは、戦国時代に安房・上総地域を本拠地とした房総里見氏だ。初代藩主・里見義実の築城、里見一族の内乱と隆盛、そして里見氏十代170年の終馬…。十二万石、関東最大の外様大名。番組では、八犬伝のモデル・房総里見氏の歴史をたどる。

同じ年代の公開番組

HTBノンフィクション 再び、甲子園へ ~駒大苫小牧・頂点への挑戦~

北海道の人々が皆、熱い夏を過ごした「駒苫初優勝」から10年。あの駒大苫小牧高校野球部が再び全国制覇を目指し、春のセンバツ甲子園大会に出場する。2004年に北海道勢初の甲子園制覇、2005年には57年ぶりの夏連覇、2006年は田中将大を擁して決勝再試合。かつて甲子園に君臨した“夏の王者”は、2007年夏を最後に甲子園から遠ざかっていた。◆チームの再建を託されたのは、初優勝時のキャプテン・佐々木孝介さん。2009年秋に監督に就任し、もがき苦しみながらチームを引張ってきた。地区大会すら勝ち抜けない時期もあったが、「もう一度、足元から」の思いで着実にチームを作り上げてきた。そして2013年の秋季全道大会で優勝し、佐々木監督は男泣きに泣いた。しかしゴールでは決してない。目標は全国制覇、ただ一つだ。◆本気で勝ちたいからこそ、激しくぶつかり合う選手たち。その熱い思いを真正面から受け止める監督。「大会歌が流れる中で、選手たちが優勝旗を持つ」 監督が描くイメージは現実に変わるのか。7年ぶりに甲子園の土を踏む駒大苫小牧の挑戦を追う。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組
FNSドキュメンタリー大賞 祈りの海

日本の西の端にある長崎県五島列島、福江島。その北部に5世帯9人が暮らす小さな集落、半泊がある。ここには200年以上の祈りの歴史がある。キリシタン弾圧が進む江戸時代、本土から伝馬船に乗り、命がけで五島に渡ってきた人々がいた。彼らは潜伏キリシタンと呼ばれた。人の目を避けるため、人跡未踏の地を選び、信仰を隠しながら暮らしてきた。潜伏キリシタンが暮らした集落の1つが半泊。祈りは今も続いている。◆81歳で今なお現役の漁師、宮川喜一さん。半泊に暮らし、漁一本で9人の子供を育ててきた。夜明け前、漁に出る前に必ず祈りを捧げる宮川さん夫妻。カトリック信者である夫妻は、この集落の祈りの象徴である半泊教会を守り続けている。まだ五島が豊穣の海であった頃、半泊には19世帯が暮らし、人々の生活は豊かであった。しかし、海は変わった。腕利きの漁師であっても、魚は満足にとれなくなった。宮川さんの子どもたちは半泊を離れ、今は妻と2人で漁に出る。◆老いてなお海に出る漁師。なぜ彼は海へ向かうのか。番組では海に生きる老漁師を見つめながら、この地に続く祈りの歴史、そして半泊の暮らしを描いていく。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
あの日の校庭に誓って ~大川小学校 遺族の日々~

東日本大震災の津波で、児童と教職員84人が犠牲となった石巻市立大川小学校。「学校管理下」で起きた未曾有の事故について、震災後、石巻市教育委員会、第三者事故検証委員会が調査してきたが、核心の問題は明らかとならないままだ。その核心の問題とは、地震発生から津波襲来までのおよそ50分間。「あの日、子供たちは誰の指示で、雪の降る校庭に留まったのか…」。◆さらに遺族たちを追い詰めたのは、事故後の市教育委員会の不誠実とも言える対応だった。苦渋の立場にありながら、子供を亡くした親たちは、それでも真実を解き明かそうと、今ももがき続けている。裁判を選んだ遺族、選ばなかった遺族、真実の究明に選んだ道は違えど、その思いは同じである。それぞれの親たちの未来に向けた一歩を描く。◆震災発生から3年5ヶ月あまり。親たちが抱く我が子への深い愛情は、あの時から何も変わっておらず、そしてこれからも決して変わることはない。深い愛情で育てられた子供たちが、突然犠牲となった2011年3月11日。余震が続き、雪が降り、不安だった、空白の50分間の子供たちの姿を見つめることで、命の意味を問う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.