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テレビ番組

すイエんサー ケーキを超ピッタリ7等分にした~い!!

番組ID
208997
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放送日時
2011年11月15日(火)18:55~19:20
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
groups
芸能・バラエティー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHKエデュケーショナル
出演者
スタッフ
技術:西村逸人、撮影:塚越淳、音声:片山拓朗、音響効果:井貝信太郎、編集:松浦和良、CG:林政則、ディレクター:小室崇、取材:坂下涼太、プロデューサー:遠藤幸夫、制作統括:土屋敏之、制作統括:村松秀
概要
視聴者から寄せられた日常の疑問や思いからテーマを設定し、MCとゲスト、「すイエんサーガールズ」が体当たりで挑み、解き明かしていくという科学・エンターテインメント番組。(2009年3月31日放送開始)◆この回のお題は、定規や分度器を使わずに「ケーキを超ピッタリ7等分にしたい!」。数学的な思考を必要とする超難問に、すイガールは大苦戦。あの手この手と考えて、ついに目からウロコの大発見にたどりつく。はたして、ロールケーキもホールケーキもピッタリに7等分できるスゴ技とは?。番組MCは渡辺徹、岡田圭右、小島瑠璃子。ゲストは南明奈と小島よしお。

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JNN九州・沖縄共同制作シリーズ「新九州遺産」。九州沖縄地方の豊かな自然や古来からの歴史、多彩な文化など、かけがえのない郷土の遺産を後世に伝える。◆神話と伝説が数多く残る鹿児島県霧島市。隼人町にある「鹿児島神宮」は、古事記に出てくる天津日高彦穂穂出見尊(山幸彦)がご祭神となり、神の代から民衆を見守ってきたと伝えられている。「鯛車」などの信仰玩具に「亀石」…御祭神にまつわる物がみられる鹿児島神宮が最も賑いを見せる日がある。南九州に春を呼ぶ祭りといわれ、460年の歴史を持つ「初午祭~鈴かけ馬おどり」。主役は馬だ。◆これは全国に類をみないユニークな神事といわれ、奉納される馬は、鈴をかけ綺麗に飾りつけされた鞍を乗せてステップを踏む。その後ろに続くのは、三味線や鉦・太鼓の鳴り物や踊り連…。人馬一体となり催されるこの祭りには、欠かせない馬がいる。1番目に奉納される御神馬。隣町の木田集落から出すことが昔から決められている。◆姶良市加治木町木田集落には「御神馬奉納説」という初午祭の由来となる伝説が言い伝えられてきた。これは、鹿児島神宮のご祭神が信頼をおいた集落の人々が神の馬を大切に育て成長ぶりを見せるために参拝するようになったというもの。昭和40年代までは集落の多くの人々がこの祭りを楽しみに1年を過ごしてきた。しかし近年、この慣わしが継承し難くなってきているという。◆この年も初午祭の季節がやってきた。御神馬を出すのは集落に2軒だけある馬主の澤崎さん親子。2歳の新馬をゼロから仕立てあげる。練習が始まると保存会唯一の20代・翔太さんの姿もあった。祖父は集落でも有名な馬おどりの学識者。そんなじいちゃんの後姿を見て育った彼の夢は、1番馬の手綱を持つことだ。20年以上のベテラン陣が大半を占める馬おどりの練習は、本番1ケ月から毎日続けられる。馬不足、後継者不足の課題を抱えながら1番馬伝説を守り続ける木田集落の人々の姿を追う。


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