テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

チャンネル4 安五郎さんの集落 豪雪の栄村坪野に生きる

番組ID
208383
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年05月25日(土)09:30~10:25
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
ナレーター:小金澤篤子
スタッフ
構成:石井彰、撮影:藤塚隆、編集:藤塚隆、MA:渡辺一郎、音響効果:渡辺一郎、タイトル:鈴木聡哉、題字:細野静耀、ディレクター:久和健一郎、プロデューサー:松岡隆
概要
長野県最北端、新潟県境にある日本有数の豪雪地帯、栄村。2011年、東日本大震災の翌3月12日、人口約2千人の村を震度6強の地震が襲った。栄村だけで死者3人(災害関連死)、住宅694棟が被害を受けた。◆栄村の中でも奥深い山懐にある13世帯の坪野集落は、自宅が壊れた5世帯が古里での再建を諦め、集落を去った。残った世帯の中で、いつもひょうきんで明るい斉藤安五郎さんに出会った。80歳で1人暮らしをする安五郎さんは、田んぼと畑を耕し、春から秋は山菜、魚、キノコと山の自然の恵みを求める。冬は背丈を遙かに超す豪雪の中で、隣近所と助け合って生きてきた。◆俗にいう「限界集落」をさらに上回る高齢者集落での一人暮らし。しかし、生まれ育った古里で自然とともにたくましく生きる安五郎さんたちの姿は、私たちに「暮らしの豊かさとは何か」を静かに問いかけてくる。

同じ年代の公開番組

新春クイズバラエティー オキペディア

“本物の沖縄”をより深く学び、百科事典「オキペディア」を作っていく、ウチナーンチュのためのクイズ番組。沖縄県民タレントによる3チームが、地元・沖縄に関する様々なクイズ問題に挑む。司会はキャン×キャンの2人。◆「琉球大学はどっち?」1950年のアメリカ軍統治下に開学した琉球大学と、1972年の本土復帰後に開学した沖縄国際大学のキャンパス内の映像を見比べて、図書館や学食、学生の雰囲気などをヒントに、どちらが琉球大学なのかを答える。そして、クイズを通して戦後の沖縄の大学の歩みを学ぶ。◆「パーラナイ2択クイズ」アグー豚はどっち?沖縄で一番長い川はどっち?かぎやで風はどっち?ギネス記録を持つ地域イベントはどっち?Aサインはどっち?などなど、沖縄県民なら当然知っておくべき情報について、60秒という制限時間内で2者択一の解答をしていく。◆「伝統芸能・本物の継承者はどっちだ?」2010年に沖縄の伝統芸能「組踊」が、ユネスコ世界無形文化遺産に登録された。沖縄には組踊の伝承のため、日々研鎖を積む人たちがいる。沖縄県民の誇るべき伝統芸能の本物の継承者と、県内でストリートダンサーとして活動する若者の所作を見比べながら、本物を見抜く。◆「高価な三線はどれだ?」沖縄の音楽に欠かせない楽器「三線」。沖縄県民ならば、三線の値打ちは見た目と音色ですぐ分かるはず。スタジオに持ち込まれた3丁の三線を比べて、最も値段の高い三線を見抜いていく。はたして、ミュージシャン・きいやま商店の解答は…。


sports_esportsクイズ・ゲームgroups芸能・バラエティーtvテレビ番組
北前船の海道をゆく 雅と豪放 湊町酒田の商人文化

江戸から明治にかけて、北海道、東北、北陸と上方や江戸を結び、さらにその先、世界へと続く「海の道」があった。その主役は、北前船。様々な物資と人と文化を運び、近代日本の礎となった。日本を繋いだ海の道、北前船を辿る。BS朝日・テレビ朝日系列日本海沿岸6局共同制作。◆山形テレビ制作の湊町酒田編は、「交易」によってもたらされた富や情報を「公益」に活かした酒田の商人文化に焦点を当てる。江戸時代、豪商36人衆が町の自治・運営を担っていた湊・酒田。彼らの晴れ舞台は年に一度、武士と同格となる山王祭りだ。その祭りの時期を中心に、豪商文化の湊町酒田を訪ねる。◆今までほとんど紹介されることのなかった本間家の質素な奥の間に残っていた襖絵。これに描かれていた「クロマツの若木」を通して、酒田商人の公益の精神を伝える。また、江戸期より町中心部で大火が相次いだ酒田の本湊では、焼失したとされていた入港記録資料、廻船問屋の「御客船控え帳」(江戸中期~明治初期)が偶然見つかり、この番組で初めて紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
ウッティ発! 最後まで全力プレー ―大月高校8人の野球部―

山梨県大月市。1956年(昭和31年)創立の大月短期大学附属高校は平成26年3月で閉校となり、58年間の歴史に幕を下ろす。閉校を控え、在校生徒は3年生105名(男子33名)のみであるため、各部活動はほとんど成り立っていない状況だ。野球部にとっても“最後の夏”となった平成25年、部員不足が最大の悩みとなった。野球は9人で行うのに、最後の夏に残った部員は8人だけ…。◆夏の大会への出場も危ぶまれる状況だが、彼らの目標は「試合に勝って、閉校となる大月高校の校歌をグラウンドに響かせること」。24年間に渡り指導してきた永島良幸監督も、最後の夏に部員が8人しかいないことに悩む。それでも、卒業生・職員など全ての学校関係者は、野球部最後の戦いに学校の閉校への思いを重ね合わせ、大きな期待をしていた。◆最後の9人目の選手は助っ人。陸上部やハンドボール部から助っ人を呼び寄せて、何とか出場にこぎつけた。そのため、野球部の戦略は「打って打って打ちまくる!失点は覚悟でそれ以上に点をとること」。監督は部員たちを叱咤激励し、野球部を引っ張っていく。そして部員たちの心にも変化が生まれてくる。8人の選手と監督は最後の夏、どんな物語を作り出すのか。それぞれが成長していく姿、チームがたくましくなっていく様子を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーdirections_bikeスポーツtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.