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テレビ番組

シリーズ輝石の詩 誰のものでもない ~日本最古の近代的慈善団体“感恩講”の足跡~

番組ID
208260
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放送日時
2013年08月31日(土)13:00~13:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
秋田朝日放送(AAB)
製作者
秋田朝日放送(AAB)
制作社
秋田朝日放送(AAB)
出演者
語り:近藤サト
スタッフ
撮影:齋藤欣也、撮影:藤林充、撮影:藤原峰、撮影:佐藤晃一、撮影:桜井正樹、撮影:橋下港、音声:五十嵐真人、音声:櫛引暁、タイトル:成田佳子、タイトル:中泉一恵、音響効果:田口恭平、MA:浜本瑞樹、編集:佐藤晃一、取材:山崎宗雄、構成:山崎宗雄
概要
米国の外交評論誌「フォーリン・アフェアーズ」に、ジョンズ・ホプキンス大学のレスター・M・サラモン教授が寄せた「福祉国家の衰退と非営利団体の台頭」という論文の中には、「日本においても慈善活動は(中略)感恩講という近代的慈善組織が、すでに1829年に設立されている。これは米国で慈善活動が始まるほぼ一世紀前の話である」という、注目すべき一文がある。◆米国でカーネギーやロックフェラーなどが財団を設立し、慈善活動を始めたのが1911年。その80年以上も前、まだ江戸時代の日本・秋田で近代的な慈善活動が行われていたことは、サラモン教授にとって大きな驚きだったようだ。◆創始者・那波三郎右衛門祐生は、どのような経緯で社会福祉NGOの原点ともいえる“感恩講”を立ち上げたのか。番組では、研究者や関係者のインタビューをはじめ、平福百穂が描いた「感恩講図巻」や、明治に発行された「感恩講誌」などを紐解きながら、感恩講の現在に至るまでの軌跡を紹介していく。シリーズ輝石の詩8。

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