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テレビ番組

ドラマ10 四十九日のレシピ〔4・終〕 家族の処方箋

番組ID
208181
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放送日時
2011年03月08日(火)22:00~22:48
時間(分)
48
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHKエンタープライズ
出演者
スタッフ
原作:伊吹有喜、脚本:大島里美、音楽:田村洋、主題歌:なゆた、イラスト:わたなべさちよ、制作統括:後藤高久、制作統括:田村文孝、美術:深井保夫、技術:小倉忠、音響効果:小野寺茂樹、撮影:藤田浩久、照明:西澤庸浩、音声:工藤威、映像技術:稲岡靖、編集:江川雅美、美術進行:佐藤浩、演出:西谷真一
概要
亡き母の四十九日の法要までという期限付きで、ちょっと変わった四人の生活が始まる。大切な人を失った家族が生きることのつらさを乗り越え、再生に向かうまでの日々を描く物語。原作:伊吹有喜。(2011年2月15日~3月8日放送、全4回)◆最終回「家族の処方箋」。“四十九日の大宴会”まであと数日となったが、母・乙美(風吹ジュン)の年表の空白を埋められずに悩む百合子(和久井映見)。乙美と40年来の友人だった聡美(吉行和子)から、「乙美の人生はきっと幸せだったはず」と聞かされる。そして、四十九日の当日。「読経も何もない非常識な法要は失敗だった」と良平(伊東四朗)は後悔するが、以前乙美に世話になったという若い女性・美佳(佐津川愛美)の来訪をきっかけに、宴会は信じられないような展開となる。

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