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テレビ番組

どーんと鹿児島 パソコンをキャンバスに

番組ID
206780
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放送日時
2011年05月18日(水)19:00~19:54
時間(分)
46
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
南日本放送(MBC)
製作者
南日本放送(MBC)
制作社
南日本放送(MBC)
出演者
ナレーター:元ちとせ
スタッフ
撮影:矢野龍一郎、撮影:田之畑勇作、撮影:牧尚聖、音声:江平美幸、美術:新村友美、ディレクター:北原由美、プロデューサー:有迫貴史、プロデューサー:山崎兼敏
概要
ひたすらにマウスを動かす。視線の先の画面には迷うことなく線が引かれ、色がのせられていく。鹿児島県奄美大島の養護学校に通う高校生・屋嘉比寛くん。彼にとってマウスは筆、パソコン画面はキャンバスだ。寛(ひろし)くんは高機能自閉症。一つのものへのこだわりが強く、人とコミュニケーションをとることが上手ではない。口数も多くない。けれど、彼の描く絵は饒舌だ。◆漆黒の闇、色が咲き乱れるように植物が浮かび上がる「奄美の夜の森」。緑の中を地平線の向こうまで一筋の道が続く「奄美の風」。煌く星の下に一羽のアカショウビンが凛と立つ「満天の奄美」…。鮮やかな色彩と大胆な構図、緻密な描写が、寛くんの絵の特徴。題材になるものは様々で、島の風景や動植物、好きな歌手など、記憶に強くとどまったものを何枚も何枚も描く。◆高機能自閉症は知的な遅れを伴わないために、見た目にはわかりにくい発達障害。こだわりの強さはわがまま、パニックは忍耐の欠如…。母親の厚子さんもそう捉えていた。学校から逃げ出したり、暴れてガラス窓を割ったり、家族にとっては闘いのような日々。自閉症と診断された時、厚子さんはいろんなことが腑に落ちた。「これで1からスタートが切れる」「絵は彼にとっての言葉だから」厚子さんは寛くんが自由に絵を描ける環境を整え始めた。◆番組は、パソコン画面の上に生み出されていく作品と、一人の少年の成長を記録した。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第59回教養番組優秀)

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原発水素爆発 わたしたちはどう伝えたのかⅡ

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、福島県は最大震度6強の激しい揺れと直後の大津波に見舞われ、甚大な被害を受けた。中でも、全交流電源を喪失した東京電力福島第一・第二原子力発電所については、政府から非常事態宜言が出された。◆12日午後3時36分、津波被害を伝えていた福島中央テレビのニュースセンターに、「煙!」の声が響いた。福島第一原発を捉え続けていた定点カメラからの映像を見ると、1号機一帯が大きな煙に包まれていた。VTRを巻き戻してみると、明らかに爆発しているのが見えた。しかし、その煙が何なのか、放射性物質は含まれるのか、東京電力や国、県に問い合わせても、事態をまったく把握していなかった。◆映像以外にまったく情報がない中、この危機を福島県民にどう伝えるべきか。ニュースセンター内は苦悶しながらも、4分後に全国放送に割って入る形で、県内向け緊急放送を始めた。原稿はない。「見たままをしゃべれ、爆発というな」という指示に、アナウンサーは言葉を慎重に選びながら、約8分間、緊急放送を続けた。1時間後の全国放送で「この事態を初めて知った、テレビ以外の情報はなかった」と菅直人前総理も認めた。「水素爆発」との発表があったのは、爆発から5時間後だった。◆14日以降、福島第一原発3、2、4号機の爆発が相次ぎ、放射能に対する福島県民の不安がピークに達した。その一方、ガソリンや水、食糧の不足が深刻となる中、福島中央テレビは取材規制エリアを当初の半径30キ口から40キロ圏外へと拡大するなど、いくつかの方針を決めた。それが正しかったのか、今もわからない。ただ、「30キロ圏内には屋内退避している住民がいるのに」と、多くのスタッフがその後も負い目として抱え続けたことは間違いない。さらに、原発から離れた地域の視聴者からも「助けてください」「本当のことを放送して」などのメールが相次いだ。◆震災発生から9か月。未曾有の大震災と原発事故の報道がどうであったのか。福島中央テレビは地元の放送局として何ができ何ができなかったのかを自己検証し、被災地域のメディアとして震災2年目に向けた課題を考える。


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