テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

日本米にほれ込んだ男

番組ID
207254
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2013年01月26日(土)13:00~13:30
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形テレビ(YTS)
製作者
山形テレビ(YTS)
制作社
山形テレビ(YTS)
出演者
ナレーター:小坂深和
スタッフ
撮影:渡部雅之、撮影:岡崎英治、撮影:三澤光宣、映像:李国峰、CG:初鹿光世、CG:鶴田絢子、編集:松浦健二、翻訳:鄭亞瑜、ディレクター:佐藤周平、プロデューサー:庄司勉、プロデューサー:邱天祐、チーフプロデューサー:斉藤斉、チーフプロデューサー:蔡明謹、チーフプロデューサー:常立欣、制作統括:横沢善則
概要
台湾系アメリカ人の日本米バイヤー・林定三さん。日本・台湾両地区の農家と交流を深める彼の活動を紹介し、また同時に日本のコメ作りのレベルの高さを伝える。◆林さんは日本米のおいしさと安全性にほれ込み、日本米を台湾に輸入しているバイヤー。その安全性を脅かす原発事故があり、彼は立ち上がった。直接産地に出向いて自ら放射線量を計測して回り、日本米が変わらず安全であることを台湾消費者に訴えた。日本の農家がおいしさと安心安全をとことん追求する姿に感動し、自分も力になりたいと思ったからである。さらに、林さんは農薬や化学肥料に頼らない日本米の栽培方法は台湾のコメ作りにプラスになると考え、その栽培方法を台湾に持ち込んだ。

同じ年代の公開番組

おだづなよ ~復興への船出~

富山県黒部市にある丸中水産のサンマ船「恵比須丸」。2011年3月11日、東日本大震災。丸中水産の第63恵比須丸は津波にのまれて炎上し、宮城・気仙沼港外に沈没した。3か月後、船を海から引き上げることになり、松野社長が現地に向かった。そこで見た無残な船の姿が、社長を突き動かした。◆「もう一度、海へ、漁へ」お世話になった気仙沼のため、被災した乗組員たちの生活を守るため、日本の漁業再生のため…。ところが、船の再出発までには多くの困難が待ち受けていた。被災者たちは明日の見えない暮らしが続いている。建てたばかりの家を津波で失い、その家の借金を抱えながら、アルバイトで家族を養う機関長。親戚9人を亡くし、自宅も津波で流失した乗組員。それでも、海の男たちは失意の底から再び海に出ることを決め、再起を誓う。◆番組では、あの日を境に生活が一変した恵比須丸の船主や乗組員に密着。1年半が経っても変わらぬ被災地の今と、そこに生きる被災者たち、船で結ばれた強い絆。恵比須丸復活までの様々な人間ドラマとともに、再び海に出ようとする海の男たちの生きざまを描く。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
日曜劇場 空飛ぶ広報室〔5〕

航空自衛隊の広報室を舞台に、互いに夢を絶たれ、人生の壁にぶち当たっている美人テレビディレクターと航空自衛隊の元戦闘機パイロットが、次第に理解し合い、成長していく姿を描く。原作:有川浩、脚本:野木亜紀子。(2013年4月14日~6月23日放送、全11回)◆第5回。新企画「自衛隊で活躍する女性幹部に密着!」が通り、柚木(水野美紀)が担当する高射群機動展開訓練の密着取材を進めるリカ(新垣結衣)は、見違えるほど活き活きと仕事に取り組むようになっていた。ある日、防衛大の見学からギクシャクしたままの柚木と槙(高橋努)の仲を取り持つため、空井(綾野剛)に頼まれたリカは柚木を、空井は槙を誘い、行きつけのBARに集合することに。気まずさからすぐ帰ろうする2人を何とか留めるリカ。そのうち柚木が11年前の高射隊にいた頃の話をし始めると、男らしく振舞う柚木に槙は再び反発し、結局ケンカ解散となってしまう。いよいよ入間基地で高射隊の訓練がマスコミ公開で始まる。11年前に柚木に何があったのか。槙が知る柚木の過去とは。柚木は無事に高射隊訓練を終えることが出来るのか。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
シリーズ輝石の詩 誰のものでもない ~日本最古の近代的慈善団体“感恩講”の足跡~

米国の外交評論誌「フォーリン・アフェアーズ」に、ジョンズ・ホプキンス大学のレスター・M・サラモン教授が寄せた「福祉国家の衰退と非営利団体の台頭」という論文の中には、「日本においても慈善活動は(中略)感恩講という近代的慈善組織が、すでに1829年に設立されている。これは米国で慈善活動が始まるほぼ一世紀前の話である」という、注目すべき一文がある。◆米国でカーネギーやロックフェラーなどが財団を設立し、慈善活動を始めたのが1911年。その80年以上も前、まだ江戸時代の日本・秋田で近代的な慈善活動が行われていたことは、サラモン教授にとって大きな驚きだったようだ。◆創始者・那波三郎右衛門祐生は、どのような経緯で社会福祉NGOの原点ともいえる“感恩講”を立ち上げたのか。番組では、研究者や関係者のインタビューをはじめ、平福百穂が描いた「感恩講図巻」や、明治に発行された「感恩講誌」などを紐解きながら、感恩講の現在に至るまでの軌跡を紹介していく。シリーズ輝石の詩8。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.