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テレビ番組

NNNドキュメント’11 3・11大震災シリーズ4 家族を守れ “神様のバス”

番組ID
206965
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2011年05月23日(月)00:50~01:20
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)、ジン・ネット
出演者
ナレーター:山本太郎
スタッフ
題字:柿沼康二、編集:青木亮、EED:西垣安武、ミキサー:駒路健一、音響効果:渡辺真衣、広報:永井晶子、デスク:小野裕子、取材:後藤秀典、取材:福田玲音、ディレクター:菅生千草、撮影:菅生千草、プロデューサー:西田治彦、プロデューサー:加藤就一、プロデューサー:千野克彦、プロデューサー:日笠昭彦、チーフプロデューサー:杉本敏也
概要
東日本大震災直後の2011年3月19日、まだ開通前の高速道路を2台の緊急車両が被災地へと北上していた。そのバスを走らせるのは、埼玉で人材派遣業を営む日系ブラジル人・斎藤俊男さん。ブラジル大使館から特命を受け、東北在住の日系人を救出に向かう。被災地では、家も職場も流された日本人男性がブラジル人の妻と娘を斎藤さんに託した。乳児を連れてバスに駆け込んだバングラデシュ人の女性は言った「この車は神様のバス」。◆21年前に出稼ぎのため来日した斎藤さん。自分を支え、育ててくれた日本が苦境に立たされている…斎藤さんは地震の翌日にいち早く米3トンを仙台に届けた。何かせずにはいられなかったのだ。人生の復興に向けて走る“神様のバス”とその乗員を追う。
受賞歴
ギャラクシー賞(第49回報道活動部門選奨)

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血管奇形 “難病”と闘う大翔くんと家族

リンパ管などがうまく形成できず、体の一部に異常な状態で残ってしまう先天性の病気「血管奇形」。医師の間ですらほとんど知られていない、原因も分からない、確立した治療法もない難病。北海道恵庭市に住む渕端大翔(ひろと)くん、6歳。大翔くんは辛い検査や対処療法を繰り返しながら、先の見えない闘病生活を続けている。◆「血管奇形」は、国が指定する調査や治療の研究対象である「難病」には入っていない。このため患者数の把握や治療法の研究さえ進まない状況にある。「難病」に指定されれば医療費が助成され患者の負担がほとんどないが、指定から漏れた多くの難病の患者は大きな困難と負担を強いられている。◆また難病の薬は「オーファン(孤児)ドラッグ」と呼ばれ、採算の合わない開発に製薬会社は着手しようとしない。このため、いつまでも治療薬ができなかったりするなど「命」と「採算性」が天秤にかけられているような現実がある。◆番組では、さまざまな困難を乗り越えようとする大翔くんと家族に密着しながら、「普通学級に通いたい」という大翔くんの夢をかなえるために奔走する母親や受け入れた小学校の決断を追うとともに、国の難病対策の問題点などを考える。


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