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テレビ番組

血管奇形 “難病”と闘う大翔くんと家族

番組ID
206292
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放送日時
2011年05月27日(金)09:55~10:50
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
北海道放送(HBC)
製作者
北海道放送(HBC)
制作社
北海道放送(HBC)
出演者
ナレーション:島森則夫
スタッフ
撮影:高田紀雄、VE:柴垣奈央子、編集:八尾拓郎、MA:西岡俊明、ディレクター:山崎裕侍、プロデューサー:須田浩
概要
リンパ管などがうまく形成できず、体の一部に異常な状態で残ってしまう先天性の病気「血管奇形」。医師の間ですらほとんど知られていない、原因も分からない、確立した治療法もない難病。北海道恵庭市に住む渕端大翔(ひろと)くん、6歳。大翔くんは辛い検査や対処療法を繰り返しながら、先の見えない闘病生活を続けている。◆「血管奇形」は、国が指定する調査や治療の研究対象である「難病」には入っていない。このため患者数の把握や治療法の研究さえ進まない状況にある。「難病」に指定されれば医療費が助成され患者の負担がほとんどないが、指定から漏れた多くの難病の患者は大きな困難と負担を強いられている。◆また難病の薬は「オーファン(孤児)ドラッグ」と呼ばれ、採算の合わない開発に製薬会社は着手しようとしない。このため、いつまでも治療薬ができなかったりするなど「命」と「採算性」が天秤にかけられているような現実がある。◆番組では、さまざまな困難を乗り越えようとする大翔くんと家族に密着しながら、「普通学級に通いたい」という大翔くんの夢をかなえるために奔走する母親や受け入れた小学校の決断を追うとともに、国の難病対策の問題点などを考える。

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