テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ヒキツギ あの日を知らないきみに ~1985、夏、御巣鷹~

番組ID
205860
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2010年08月08日(日)01:58~02:58
時間(分)
51
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)
出演者
小熊美香、ナレーター:江越彬紀
スタッフ
取材:舟津宜史、取材:有賀まや、取材:宮島弘樹、編集:松本純、編集:杉浦潤子、撮影:佐伯均、撮影:松田康弘、撮影:後藤吉孝、撮影:伊藤裕介、撮影:飯島元亨、録音:瀬尾泰宏、録音:中村達彦、録音:根本勇人、録音:小黒陽平、録音:高橋巧一郎、照明:瀬尾泰宏、照明:中村達彦、照明:根本勇人、照明:小黒陽平、照明:高橋巧一郎、EED:清野孝義、MA:松川智実、選曲効果:加藤久喜、デスク:加藤悦子、AD:櫻井舞、ディレクター:大井秀一、ディレクター:石川元一、ディレクター:玄昶日、ディレクター:佐野正法、プロデューサー:宮下哲、チーフプロデューサー:小林景一
概要
1985年8月12日、520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故。単独の航空機事故としては今もなお史上最悪の事故。それから25年、あの日を知らない世代への「ヒキツギ」が静かに進む。絶望の機内で家族への感謝を綴った父の思い、死の間際まで子どもを思った夫の優しさ、悲しみを共有し支え合う遺族の絆…。それぞれの遺族が次の世代に伝える大切なこと、そして経営再建中の日本航空の安全への取り組み。25年目の夏を見つめる。

同じ年代の公開番組

TSS報道特別番組 刻みつけられた地獄 最初で最後のヒロシマPTSD調査 “Scars of Hell: The First and Last Hiroshima PTSD Survey”(英語字幕版

2010年、広島市が発表した被爆者の精神的な状態に関する大規模な調査報告から、現在も被爆者の1~3%が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていることが明らかになった。被爆者で原爆資料館のガイドボランティアの白石多美子さん71歳は、ガイド中に強烈な「匂い」に突然襲われることがある。臨床心理士による検査の結果、白石さんは軽度のPTSDで、「匂いの再来」は、フラッシュバック症状のひとつだとされた。熱線で皮膚が垂れ下がった人々、水を求めて死んでいった人という悲惨な光景、そしてその場の匂いは、当時6歳だった少女の脳裏に強烈なトラウマとして刻みつけられたのだった。ほかに、逃げる自分を追いかける「キノコ雲」のフラッシュバックに怯え続ける72歳の男性の苦しみや、悪夢を恐れ、睡眠薬を飲み続ける84歳の女性など、被爆後65年が経過してもなお、当時の惨状の記憶に苦しむ被爆者たちを取材。被爆者の高齢化が進む中、最初で最後といわれている大規模なPTSD調査をきっかけに、これまで置き去りにされてきた、被爆者の心の傷の深さに迫る。(英語字幕版)


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション 夜明けのラジオ

ラジオの深夜放送は、1960年代から若者の解放区として親しまれ、大勢のタレント、歌手、お笑い芸人がラジオ番組から羽ばたいていった。現在はNHKが「ラジオ深夜便」を連日夜の11時台から翌朝5時まで放送し、中高年を中心に推定で100万人の聴取者がいると言われている。人々がまだ深い眠りの中にいるころ、訳あって家族と離れて暮らす人、借金を返すために昼夜を問わず懸命に働く人、ベッドに寝たきりで病と闘う人、そんな人たちが、深夜のラジオから聞こえるDJの声と音楽に耳を傾け癒されている。◆文化放送「走れ歌謡曲」の金曜パーソナリティー・中尾美穂さんと、番組のリスナーで、曲のリクエストを送るトラック運転手の男性を取材。家族と離れて働く男性に、ラジオはほのかな希望を送り届ける。◆埼玉県狭山市にある24時間営業のコインランドリーを営む女性はNHK「ラジオ深夜便」を聞くのが日課。夜中の2時に、突然目を覚まし、息子が亡くなった場所に通う。一旦目が覚めるとなかなか寝付けないが、その孤独な時間を埋めてくれたのがラジオだった。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.