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テレビ番組

NNNドキュメント’11 3・11大震災シリーズ1 東日本大地震 発生から10日 被災者は今…

番組ID
205855
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放送日時
2011年03月21日(月)00:50~01:45
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
日本テレビ放送網(NTV)
製作者
日本テレビ放送網(NTV)
制作社
日本テレビ放送網(NTV)、日テレアックスオン
出演者
ナビゲーター:井田由実、ナレーター:松本光生
スタッフ
プロデューサー:加藤就一、チーフプロデューサー:杉本敏也、チーフディレクター:千野克彦、制作:上明戸幸隆、制作:日村裕文
概要
2011年3月11日金曜日、午後2時46分。すさまじい揺れ。大津波が、東北沿岸部の街を一瞬のうちにのみ込んだ。終わらない余震。そこに、原子力発電所の爆発が追い打ちをかける。ほとんどの人が住む家を奪われ、着の身着のままで避難所に飛び込んだが、広域すぎる被災地に援助の手はなかなか追いつかない。◆いち早く現地に向かった緊急支援NGOの女性は仙台出身。地元の惨状に泣き、避難所となった母校で被災者のために炊き出しや聞き取りをする。そして、東京に単身赴任中の男性は、実家に残した家族の安否を求め、ふるさとへ向かった。不安、恐怖、もどかしさ…日を追うごとに明らかになる惨状。増え続ける犠牲者の数。東日本大地震の発生から10日目を迎えた被災者の今を伝える。
受賞歴
ギャラクシー賞(第49回報道活動部門選奨)

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2010年、乳がんの手術をした吉田喜美子さん(62歳)。進行する病と闘いながら、清掃会社の教育係をしている。抗がん剤の苦しみと痛みに耐えながらも、受講生の前では「いつも笑顔が大事」と話し続ける。吉田さんの笑顔は、人を明るくする太陽のようだ。◆2010年春、18歳で亡くなった白潟翔弥君。母・美枝子さんは、死にたいと思うほどの悲しみの中から、再起しようと絵本を描くことを決心した。絵本を作る中で、多くの人が息子を支えてくれていたことに気付く。絵本のタイトルは「お母さん ぼく星になったよ」。息子は星になったけれど、人々の心の中に生きている。出会いの中で元気を取り戻していく美恵子さんの姿を描く。◆2001年、脳幹出血で全身マヒになった宮田俊也さん(44歳)。一生寝たきりと言われていたが、今、車椅子に乗る練習をしている。きっかけは、わずかな指の動きで画面に言葉を表示できる意思伝達装置だった。2010年には友人の協力を得て、著書「月がきれいだと僕はいえるぞ」を上梓。全身麻痺の自分の思いを伝えることで、人としての生きる喜びを取り戻すことができた宮田さん。多くの人にそれを伝えていきたいと意欲に燃えている。◆三者ともに再生へのきっかけとなったのは「伝えたい」という思いだった。彼らの苦難と向き合う姿から、生きるヒントを伝える。


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