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テレビ番組

母の衣に抱かれて 津軽袰月ものがたり / 第25回民教協スペシャル

番組ID
205309
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放送日時
2011年02月11日(金)10:30~11:25
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
青森放送(RAB)
製作者
青森放送(RAB)
制作社
青森放送(RAB)、民間放送教育協会
出演者
ナレーター:和久井映見
スタッフ
構成:金杉文夫、音楽:田中斉、題字:伊藤康子、撮影:藤林国仁、照明:上野山大二朗、音声:奈良豪人、音声:脇坂幸司、編集:木村敬一、編集:白戸祝人、CG:柿崎馨太、MA:久坂惠紹、制作:野月輝昭、プロデューサー:橋本康成、プロデューサー:川端信晃、ディレクター:小山田文泰
概要
青森県東津軽郡今別町袰月(ほろづき)。津軽海峡の寒風吹きつけるこの集落は、青森県で最も高齢化の進んだ地域だ。その平均年齢は73歳。39世帯63人が暮らす。◆漁師の米田時二さん(87)は今でも海へ出る。9年前に奥さんを亡くし、一人暮らし。それまで料理をしたことがなく困っていたところに、毎日近所の人たちから差し入れが届いた。冷蔵庫の中にはもらったおかずがいくつも入っている。「とっても助かっている。みんなに生かされているようなものだ」と時二さん。◆最高齢の小倉直一さん(88)は桜が大好きだ。岩にへばりつく様に生えた桜の木の生命力に感動し、その枝を使ってさし木を始めた。直一さんは毎日様子を見にやってくる。さし木が花を付けるのは何年も先だが、「土手を桜でいっぱいにしたい」と言う。◆この集落に小倉龍毅さん(66)が夫婦でUターンしてきた。15歳で袰月を離れ、東京生活が長かった龍毅さんだが、定年を迎え故郷へ帰って来たのだ。龍毅さんはかつての賑わいが無くなってしまった袰月を見て、何とかしたいと思うようになった。そして、袰月で採れた天然ワカメを道の駅で販売し始めた。販路を拡大して雇用を創出するのが狙いだ。◆カメラは2年10ヶ月この集落に寄り添った。そこで見えてきたものは、現代社会から消えてしまった「結いの心」。しかし、決して折れないその心とは裏腹に、高齢化による「限界」が近づいていく。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第59回教養番組優秀)

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リンパ管などがうまく形成できず、体の一部に異常な状態で残ってしまう先天性の病気「血管奇形」。医師の間ですらほとんど知られていない、原因も分からない、確立した治療法もない難病。北海道恵庭市に住む渕端大翔(ひろと)くん、6歳。大翔くんは辛い検査や対処療法を繰り返しながら、先の見えない闘病生活を続けている。◆「血管奇形」は、国が指定する調査や治療の研究対象である「難病」には入っていない。このため患者数の把握や治療法の研究さえ進まない状況にある。「難病」に指定されれば医療費が助成され患者の負担がほとんどないが、指定から漏れた多くの難病の患者は大きな困難と負担を強いられている。◆また難病の薬は「オーファン(孤児)ドラッグ」と呼ばれ、採算の合わない開発に製薬会社は着手しようとしない。このため、いつまでも治療薬ができなかったりするなど「命」と「採算性」が天秤にかけられているような現実がある。◆番組では、さまざまな困難を乗り越えようとする大翔くんと家族に密着しながら、「普通学級に通いたい」という大翔くんの夢をかなえるために奔走する母親や受け入れた小学校の決断を追うとともに、国の難病対策の問題点などを考える。


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