テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

とことん ~銀メダルを支えたスケートおやじ~

番組ID
204791
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2010年03月28日(日)15:00~15:30
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
directions_bike
スポーツ
放送局
チューリップテレビ(TUT)
製作者
チューリップテレビ(TUT)
制作社
チューリップテレビ(TUT)、北陸チューリップ
出演者
ナレーション:鎌田香奈
スタッフ
ディレクター:槇谷茂博、撮影:柿沢雄二、撮影:西田豊和
概要
バンクーバー五輪「チームパシュート」で日本女子スピードスケート界に史上初の銀メダルをもたらした田畑真紀選手と穂積雅子選手。その快挙を支えたのが「富山のスケートおやじ」こと田中実さんだ。男気あふれる田中さんのスケートにかける姿を描く。◆スケート不毛の地・富山で、スケートに熱をあげる“おやじ”がいた。地質調査会社「ダイチ」会長の田中実さん。2000年の富山国体をきっかけに、県外の選手を正社員として雇い、会社のスピードスケート部を強化していった。◆当初は国体で優勝することが田中さんの「夢」だった。しかし次第に夢は大きくなり、ついには五輪出場を目指すようになる。そんな時、スケート中長距離の女王・田畑真紀選手を獲得、さらに高卒ルーキーの穂積雅子選手も補強し、万全の体制を整えていった。一方で公共事業の減少によって会社の業績が悪化したが、田中さんは自らの報酬を削ることでスケート部の存続を決定した。◆そしてバンクーバー五輪で、我が子のように育ててきた田畑、穂積選手が活躍し、日本に銀メダルをもたらした。果てしなく続くスケートおやじの夢。田中さんは4年後80歳、次回ソチ五輪での金メダルを「夢」見て歩き出す。

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2010 切り捨てられた被爆 ~残留放射線の闇を追って~

2008年6月、愛知県知多市の甲斐昭さんは支援者たちが見守る中、入院先の病床で長年苦しんできた甲状腺悪性リンパ腫を「原爆症」と認める厚生労働大臣の認定証を受け取った。◆海軍の潜水学生だった甲斐さんは、原爆が投下された広島市に駆けつけて被爆した。すぐに放射線による急性症状と同じ、下痢や脱毛に見舞われた。そして数年後に悪性リンパ腫を発症し、13回の手術を繰り返してきた。◆「傷痍軍人と同じ」と甲斐さんは訴える。原爆の放射線は、爆発から1分以内の「初期放射線」と1分以後の「残留放射線」に分けられている。甲斐さんのように、残留放射線の影響しか受けていない被爆者の原爆症を、国は認めてこなかった。◆甲斐さんは原爆症認定集団訴訟の原告1号として国を提訴し、1審で勝訴、集団訴訟は全国に広がった。裁判で連敗した国は検討会を設け、2008年4月、ついに認定基準を改定し、甲斐さんの病気を原爆症と認定した。◆それにも関わらず国は、裁判では甲斐さんの原爆症を強固に否定。甲斐さんの症状は、感染症やストレスによるもので、残留放射線による被爆の影響ではないと主張し続けた。◆番組は、被爆者を始め日米の科学者、米国の核実験の元責任者と被害者、元国防長官らの証言を積み重ねるとともに、闇に葬られてきた調査結果などを分析し、そこから見えてくる「被爆国」日本の顔を追い求める。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.