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テレビ番組

FNSドキュメンタリー大賞 負ケテタマルカ!! ―画用紙に描いた命の記録―

番組ID
203723
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放送日時
2008年05月29日(木)14:00~14:53
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
鹿児島テレビ放送(KTS)
製作者
鹿児島テレビ放送(KTS)
制作社
鹿児島テレビ放送(KTS)
出演者
ナレーター:薬師丸ひろ子
スタッフ
音楽:吉俣良、撮影:西村智仁、撮影:鈴木哉雄、音声:有馬聖人、音声:鳥井ヶ原良、音声:日高康太、美術:黒崎佳奈、美術:相良千晴、音響効果:万善弘美、ディレクター:四元良隆、プロデューサー:増留三朗、プロデューサー:堂脇悟、プロデューサー:永吉周一
概要
鹿児島市立病院内に病気の子供たちが通う学校がある。“院内学級”この教室で本田紘輝くん(当時10歳)と出会ったのは2006年春のことだった。紘輝くんは7歳の時に170万人に1人と言われる悪性の脳腫瘍と診断され、以来、常に生死と隣あわせで生きてきた。◆そんな彼が救いを求めたものがある。それは“絵を描くこと”。画用紙に彩られていくカラフルな色には、紘輝くんの“生きたい”と願う望みが込められていた。病室で震える手で絵筆を握って描き続けた彼は、2007年12月28日、12歳の短い生涯を閉じた。◆紘輝くんが絵を描く時に励みにしていた言葉がある。“負ケテタマルカ!!”難病と闘いながら、画用紙に絵を描き続けた紘輝くんの命の記録を通して、生きるとは何かを考える。

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