テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ナニコレ珍百景 3時間スペシャル 史上最強!驚きのニッポン衝撃風景グランプリ!!

番組ID
202950
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2008年10月08日(水)19:00~21:48
時間(分)
142
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
放送局
テレビ朝日(EX)
製作者
テレビ朝日(EX)
制作社
テレビ朝日(EX)
出演者
スタッフ
企画:平城隆司、構成:松井洋介、構成:石原健次、構成:長谷川大雲、構成:桝本壮志、構成:岐部昌幸、構成:安部裕之、構成:丸二祐亮、TD:中村義孝、CAM:稲川俊一郎、照明:高橋孝男、映像:近藤祐輔、音声:林田群士、音響:石渡洋志、カメラ:七澤甲、美術:井磧伸介、美術進行:吉居真夏、化粧:水上摂子、化粧:田沢智美、スタイリスト:寺田泉、CG:横井勝、CG:ミナミハルキ、編集:新井亮太、MA:山際卓郎、音響効果:高橋直幹、音響効果:竹科俊至、TK:丸山和子、編成:松瀬俊一郎、広報:望野智美、ディレクター:大塚英二、ディレクター:井上大心、ディレクター:高畑慎一、ディレクター:佐々木貴彦、ディレクター:大崎義宏、ディレクター:持田順也、ディレクター:伴在宏将、ディレクター:植木一実、ディレクター:竹内隆徳、ディレクター:伊東紳一郎、ディレクター:大野剛史、ディレクター:長山忠興、ディレクター:藤澤貴之、AP:中田智也、AP:小倉彩子、演出:保坂広司、プロデューサー:山下浩司、プロデューサー:樋口圭介、プロデューサー:堀脇慎志郎、プロデューサー:小坂真由美、プロデューサー:寺田伸也、演出:寺田伸也、チーフプロデューサー:河口勇治
概要
ネプチューンの衝撃風景バラエティ「ナニコレ珍百景」ゴールデン第1回の3時間スペシャル。視聴者から投稿された日本各地の珍しい風景、“衝撃・爆笑・感動”の珍映像を続々と紹介していく。◆自然の奇跡が生んだ絶景、動物たちが見せる光景、不思議な料理のある光景、達人が技を見せる光景…。珍定委員を「ナニコレ!?」と釘付けにし、珍百景のコレクション入りを果たす光景は、果たしていくつ誕生するのか。そしてMV珍は?

同じ年代の公開番組

日曜劇場 Tomorrow 陽はまたのぼる〔10・終〕

かつて外科医師だった市職員が、潰れかけた市民病院の看護師に出会い、やがて病院の再建に立ち上がっていくヒューマンドラマ。(2008年7月6日~9月7日放送、全10回)◆市民病院が閉鎖されてしまい、病院で働いていた仲間たちはそれぞれ別々の道を歩き始めた。諦めきれない航平(竹野内豊)と愛子(菅野美穂)は、もう一度市民病院を建て直すことを誓い、動きだす。病院閉鎖の異議を申し立てようとする航平。市民から病院閉鎖反対の署名を集めようとする愛子。しかし蓮見(陣内孝則)の根回しにより、市民の気持ちはリゾート開発に向かってしまっていて、なかなか思うようにはいかなかった。◆そんな中、リゾート開発へ向けて行われていたイベント会場で事故が起こる。そこには署名を集めていた愛子の姿もあった。そこかしこに人や物が倒れているその惨劇に呆然となる愛子。その後、必死に怪我人の応急処置をする愛子は、その中から意識を失っている蓮見の娘・唯(稲垣鈴夏)の姿を見つける。◆急いで航平に連絡を取り、閉鎖された病院へ運ぶ愛子。処置を終えて処置室から出てくると、そこにはあふれんばかりの怪我人の姿があった。皆、ここで診てもらおうと自力でやって来たというのだ。二人しかいない病院で出来ることは限られていた。それでも必死に処置をする航平。その時、愛子がうずくまってしまう。愛子自身も事故に巻き込まれ、内臓破裂の大怪我をしていたのだ。◆人手がなくなり、もはやこれまでかと思われたその時、紗綾(緒川たまき)、和子(エド・はるみ)ら一緒に働いていた仲間たちが次々と病院に駆けつけてくる。市民も手伝い、スタッフと市民がひとつになって動いていく。その様子を病院閉鎖へ追い込んだ蓮見は複雑な気持ちで見つめていた。そして改めてこの病院が必要だということを感じた航平は、病院閉鎖を中止して欲しいと弁護士・松永(品川徹)に願うのだが…。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
108年目のBonjour ~広島・フランスの「絆」を紡ぐ旅~

広島の陸軍基地に建つフランス人名の墓碑。仏文学の研究者がその墓に残された手がかりから子孫を探し出し、広島に招待することになった。祖先が日本の広島に眠ることを伝えたいという彼の思いは、子孫たちにどのように届くのだろうか。日仏交流150周年記念番組。◆近代日本とフランスの150年の交流の中に埋もれた記憶が広島に残っている。広島陸軍墓地に佇むフランス人名の墓。異国の地で命を落とした兵士の墓の建立から100年を超え、今では知る人も少ない。1900年の義和団事変の際、欧米列強に肩を並べたい日本は、国策として傷病兵の治療を広島で行うことになった。治療の甲斐なく亡くなった兵士の慰霊として建てられたのがこの墓だ。原野昇広島大学名誉教授は、墓に記された名前と出生地から子孫探しを決心する。たどりついた子孫は、先祖が広島で亡くなったことを知らなかった。この子孫探しは地元のニュースで取り上げられ、新たな子孫が名乗り出る。それは広島で治療を受けた後、帰国を果たした兵士の子孫だった。108年の時を超え再び結び合う広島とフランスの交流を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.