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テレビ番組

熱闘物語2007 ~それでも僕らは野球がしたい~

番組ID
201181
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放送日時
2007年08月05日(日)15:30~16:25
時間(分)
47
ジャンル
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スポーツ
放送局
北陸朝日放送(HAB)
製作者
北陸朝日放送(HAB)
制作社
北陸朝日放送(HAB)、放送技術社
出演者
語り:塚本くみ子、語り:橋本和芳
スタッフ
プロデューサー:村上俊明、プロデューサー:高橋徹、ディレクター:幾老敦子、ディレクター:中田絢子、ディレクター:中村隆俊、ディレクター:中島佳昭、ディレクター:増村憲二、技術:中村幸浩、技術:金子良太郎、技術:鳥井勇、技術:藤岡元樹、技術:馬場俊郎、技術:坂口元大
概要
2007年夏の高校野球石川大会を取材したスポーツドキュメント。◆雨の開会式で始まった石川大会。初めて女子マネージャーが始球式の大役をつとめた。開幕試合は門前対鶴来。「能登半島地震で被害を受けた地元を元気づけたい」と、自らも仮設住宅で暮らす門前の選手たちが感動の勝利を手にする。右手首から先がない、そんな障害をものともしない投手・小松明峰のアボットくんは、夏の高校野球のマウンドに立つのが幼いころからの夢だった。両親が亡くなり、監督の家で暮らしながら野球を続ける選手。白血病を克服し、今では4番打者を任された選手。「どんな困難があっても、僕らは野球がしたい」。番組では、試合だけでは見られない選手の横顔を紹介する。

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「青い目の人形」は1927年、日本に住んでいた宣教師が帰国後に日本の子供たちと人形を通した交流を図ろうとアメリカ全土からボランティアなどで集めたお金で大量購入し、送られたものだ。その数はおよそ1万2千体。◆愛媛県松山市に住む女性が「青い目の人形」の歴史を紙芝居で伝えようと、30年以上前から学校や幼稚園、高齢者施設などを回っている。青い目の人形は、日米友好の証の「親善人形」であり「友情人形」だった。愛くるしい表情の人形たちは、それぞれにパスポートを持ち、はるばる海を渡ってきたのだ。◆しかし16年後の悲劇…太平洋戦争での反米感情の高まりにつれ、人形を焼いたり、槍で突いたりして壊したりする運動が広まった。当時、幼稚園で保育士として働いていた兵庫県在住の女性は、直接に人形処分を言い渡された。小学2年生だった愛媛県在住の女性は、青い目の人形のお礼として、日本からアメリカに贈られた答礼人形の美しさを今でも忘れずに覚えている。◆2007年。人形が日本に贈られて80年。番組では、時代の流れの中で生まれたさまざまなドラマ、そして次の時代にも残しておくべき事実を伝える。戦争という激動の時代を乗り越えた青い目の人形たちは物言わぬ語り部であり、人の愛情や葛藤を通じて「平和の天使」としてのメッセージを送り続けている。


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