テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

キングオブコント2009

番組ID
204233
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2009年09月22日(火)19:55~22:54
時間(分)
152
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
放送局
TBSテレビ
製作者
TBSテレビ
制作社
TBSテレビ、吉本興業
出演者
スタッフ
構成:高須光聖、構成:長谷川朝二、構成:松本真一、構成:興津豪乃、技術:丹野至之、TD:荒木健一、TD:高松央、カメラ:中野真悟、VE:高橋康弘、音声:相馬敦、音声:高岡崇靖、照明:渋谷康治、音響効果:石川良則、音響効果:上口昭雄、CG:大宮司徳盛、CG:斉藤勇喜、CG:奥田光隆、CG:長澤剛史、CG:北原信孝、編集:高橋雄人、編集:赤羽直樹、美術プロデューサー:山口智広、美術制作:羽田一成、衣装:高堂のりこ、衣装:北田あつ子、衣装:太田和美、ヘアメイク:興山洋子、ヘアメイク:清田恵子、宣伝:小林久幸、宣伝:湯浅光世、宣伝:二本木勇作、宣伝:吉川徹、Web:遠藤千鶴子、Web:井上和夫、Web:泰山信晴、TK:伊藤佳加、デスク:松崎由美、AD:井上真吾、AD:平島亮、AD:一場孝夫、AD:前田紘明、AD:濱田禮徳、AD:徳永勝也、AD:尾崎まなみ、AD:宮森亮、AD:田中勝、AP:野村紘子、AP:真鍋理恵、FD:上田淳也、ディレクター:田口健介、ディレクター:藤井健太郎、ディレクター:竹内信吾、ディレクター:小島志穂里、ディレクター:石田耕平、ディレクター:本間和美、ディレクター:田上佳世、ディレクター:相澤雄、ディレクター:齋藤慎一郎、ディレクター:大森千代美、ディレクター:千葉博史、ディレクター:小林恵美、ディレクター:佐々木卓也、ディレクター:久野公嗣、ディレクター:椎葉宏治、演出:高橋智大、演出:松田裕士、プロデューサー:坂本義幸、プロデューサー:生沼教行、プロデューサー:稲冨聡、プロデューサー:江間浩司、プロデューサー:中塚大悟、プロデューサー:紺田啓介、チーフプロデューサー:合田隆信、チーフプロデューサー:安田淳
概要
3時間の生放送でおくる“コント日本一”決定戦。総勢2584組の中から予選を勝ち抜いた東京03、ジャルジャル、モンスターエンジン、ロッチ、天竺鼠、しずる、サンドウィッチマン、インパルスの8組が激突し、2ネタ勝負でコントの王者を目指す。優勝賞金は1000万円、審査するのはセミファイナリスト・100人の芸人たち。司会はダウンタウンと出水麻衣アナウンサー。「JNN50周年記念 オロナミンC キングオブコント2009」。

同じ年代の公開番組

四季の国 ~冬の石鎚・瓶ヶ森を撮る~

故郷を環境破壊、乱開発、地球温暖化などから守り、いま何をしなければならないのかを考えるきっかけとなる番組をめざす「四季の国」シリーズ。四国・愛媛の遺しておきたい美しい自然や昔ながらの風習など、日本はもちろん世界に誇れるこれらの財産を紹介していく。◆この回は四国中央市在住の山岳カメラマン・高橋毅さんとともに、最も石鎚山が美しく見える冬の瓶ヶ森で撮影する。霊峰石鎚を50年に渡って撮り続けてきた高橋さん。一番好きなのが、瓶ヶ森から見た石鎚山。しかも冬がベストだという。ただ冬場は林道が雪のため閉鎖され、なかなか瓶ヶ森に入ることはできない。今回特別許可を得て林道を除雪、8年ぶりの冬の瓶ヶ森となる高橋さんとともに取材スタッフも入山した。◆取材期間は2月7日からの1週間。スタッフは7人、車4台。暖冬とはいえ、一度入ると除雪車の助けなしでは山を降りることは出来ない。生活資材一式を持ち込み、滞在場所は自転車倉庫。食事はすべて自炊、寝袋での生活、もちろん風呂無し。愛媛県西条市内から直線距離だと10kmあまり、しかしそこには簡単に人が入れない素晴らしい世界が広がっていた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
SBCスペシャル 残された刻 満州移民 最後の証言

多くの命が奪われた満州移民とは何だったのか。戦争体験者が高齢化するなか、その体験をどのように伝えていくのか。人々や家族にとって、未だあの戦争は終わっていない。体験者の直接証言を得られる最後の機会を迎えた今、終戦間際の1944年に渡満し、95人のうち74人が集団自決などで亡くなった河野村開拓団(現:豊丘村)の軌跡を、証言と資料で辿る。◆長野県は、全国で最も多くの農業開拓者や青少年義勇団を満州に送り出したが、一番多く送出した下伊那地方では、体験者の証言が得られる「今」、聞き取りによってその歴史を検証する取り組みが続いている。満州移民は、中国の植民地支配を目的に、ソ連国境の防衛と食糧増産を進める国策だった。しかし、終戦間際にはすでに行き詰っていた。そのなかで、なぜ、河野村は国策に呑みこまれていったのか。当時の村長の日記から、その複雑な経緯が見て取れる。現在、開拓団の生存者は僅かで高齢である。79歳の久保田さんは、集団自決した団員と行動をともにして生き残り、当時の状況を知る唯一の人物である。そのときの様子は、60年余りが経った今も忘れることができないという。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.