テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

FNSドキュメンタリー大賞 通学路

番組ID
011788
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2002年05月28日(火)00:50~01:45
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
東海テレビ放送(THK)
製作者
東海テレビ放送(THK)
制作社
東海テレビ放送(THK)
出演者
ナレーター:松下由樹
スタッフ
撮影:國井幹祐、音声:桜井祐介、編集:中川憲一、効果:岡泰典、TK:磯谷ひろみ、字幕:石黒正孝、CG:多田基朗、取材:野瀬義仁、構成:野瀬義仁
概要
2001年、下校途中の小学2年生が交通事故で亡くなった。わが子の死をきっかけに「安全な通学路」を求めて活動を始めた父と地域の人たちの姿を追う。FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品。◆県道の交差点でトラックにはねられた事故だった。葬儀のあと、通学路を歩いてみた父親は、安全だと思っていたルートに危険がいっぱいあることに気づいた。地域の人も通学路の安全性について考え始めた。

同じ年代の公開番組

世界遺産〔321〕 ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ イタリア

かつて地中海の覇権を手中に収めていたヴェネツィア共和国。その富とアンドレア・パッラーディオという天才建築家によってイタリア内陸の街・ヴィチェンツァは気品溢れる美しい都市に変貌した。ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラは、1994年に世界遺産に登録された。◆15世紀前半、ヴェネツィア共和国は最盛期を迎えた。しかしオスマン帝国との戦いによって海の領土を失い始めていた。蓄えられたヴェネツィアの富は、海から内陸のヴェネト地方へと向かっていき、農業の街であったヴィチェンツァは、ヴェネツィア貴族と建築家アンドレア・パッラーディオによって美しい街に変貌を遂げた。古代ローマの建築を研究し尽くして辿り着いたパッラーディオ様式は、美しい円柱とアーチが随所に施され、後のイギリスやアメリカにまで多大なる影響を与えた。◆パラッツォ・キエリカーティ、パラッツォ・バルバラン・ダ・ポルト、パシリカ、、建築四書、ヴィッラ・アルメリコ・カブラ、ヴィッラ・コルナーロ、ヴィッラ・エーモ、ヴィッラ・バルバロ、ヴィッラ・フォスカリ、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会、テアトロ・オリンピコ


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
九州遺産 神秘の山 祖母傾国定公園 / JNN九州沖縄7局共同企画

JNN九州沖縄7局の合同企画シリーズ。九州沖縄地方の豊かな自然や古来からの歴史、多彩な文化など、かけがえのない郷土の遺産を後世に伝える。1997年から2002年まで全35本を放送。◆宮崎・大分両県にまたがる広大な祖母傾国定公園。祖母山(標高1757m)、傾山(標高1602m)。二つの霊峰を主峰に標高1000mを超す山々が連なる祖母傾山系は、人々を寄せ付けない山の険しさと貴重な動植物の多さから、九州最後の秘境と呼ばれている。深山幽谷に咲くウバタケニンジンや花崗岩の隙間で可憐に咲くトダイアカバナは、九州では祖母傾山系でしか見ることができない貴重な植物。国の天然記念物ニホンカモシカは、その原始的な姿から生きた化石と呼ばれ、今も急峻な尾根近くで見ることができる。猟師から神の使いと恐れられていたツキノワグマ。昭和16年の捕獲記録を最後に九州では絶滅したとされるツキノワグマも、目撃例の多さから今も深い森の何処かにいると信じられている。太古の昔、巨大な火山地帯だった祖母傾山系は、江戸時代から昭和にかけて銀や銅などを産出する日本有数の宝の山であった。鉱山の中には戦争による栄枯盛衰のドラマもあった。今も豊かな自然が残る祖母傾国定公園。渓流沿いに開かれた棚田の田植から収穫までを追いながら、天孫降臨の伝説を生んだ祖母傾山系の神秘的な自然を紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
世界遺産〔288〕 デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物 デリーのフマユーン廟 インド

インド・デリー郊外にある高さ72mのミナレット「クトゥブ・ミナール」は石造建築としては現在でもインド最高の高さを誇る。12世紀に北インドを制圧したイスラーム王朝が建てたものである。このミナレットに加え、ムガル建築の典型となったフマユーン廟は、インドの歴史を特徴づける重要な記念碑として、1993年に世界遺産に登録された。◆イスラーム軍は、自らの権威を示すため、デリー郊外にモスクと「クトゥブ・ミナール」を建設した。さらにイスラーム軍は、ヒンドゥー教の寺院をことごとく破壊し、その石材をモスクの建設に利用した。しかし、イスラームは偶像を禁止しているため、元々刻まれていた神々の顔は全て削り取られている。一方、フマユーン廟は、ドームやアーチといったペルシャ風の建築様式に柱や梁といったヒンドゥーの建築法が取り入れられたインド特有の建築である。建築者は、16世紀にインド最大のイスラーム王朝をうちたてたムガル帝国。ムガル帝国は、建築だけでなく政治の面でもヒンドゥーとイスラームの融合をはかった。現在パキスタンとの国境紛争でイスラームとヒンドゥーの対立が取りざたされるが、かつては友好的な関係だったのだとデリーのあるイスラーム導師は語る。◆ラクシュミ・ナラヤーン寺院、コナーラクの太陽神寺院、カイラーサ寺院、カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院、ジャマー・マスジット、ニザームッディーン廟、アラーイ門、タージ・マハル廟


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.