テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

radio
ラジオ番組

被爆60年長崎原爆の日ラジオ特集 原子野に生きた子どもたち

番組ID
R02965
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2005年08月09日(火)20:15~21:00
時間(分)
45
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK長崎
出演者
語り:森田洋平
スタッフ
構成:森田洋平、制作:森田洋平、制作統括:羽塚由、音声:鈴木恒次、効果:塚田大、取材:森田洋平
概要
NHKアーカイブスに、被爆後の長崎の児童の声を収録した1本のラジオ番組が眠っている。原爆でおよそ1500人の児童のうち1300人余りが亡くなった爆心地近くの山里小学校で、生き残った子どもたちにインタビューした、当時の人気ラジオ番組「街頭録音」である。このときアナウンサーの質問に健気に答えていた子どもたちの“今”を追う。原子野を、そして戦後を生き抜いてきた山里小学校の児童たちの半生を見つめながら、平和を願う被爆地ナガサキの思いを描く。◆第60回芸術最優秀賞(11月7日放送)
受賞歴
芸術祭賞(第60回優秀賞)

同じ年代の公開番組

戦後60年特別番組 足が生えてこなかった

60年前の1945年、大阪は空襲により「じゅうたん爆撃」にさらされた。アメリカは「戦略爆撃」という航空攻撃により日本人の戦意を喪失させようとし、大阪は日本攻略向けの兵器「B29」と「焼夷弾」によって火の海となった。◆子供にも兵火は及び、命は無事であったものの身体に大きな後遺症を受け、障害を持った人々がいる。足を失った人は、また足が生えてくると信じていたと語る。彼らの後遺症や障害は、物心がついてからは深刻な苦悩となり、言われのないそしりを受ける原因となった。◆彼らは被害者でありながら、軍人や軍属でないという理由から補償や補助もない。当時子供であった彼らが体験した空襲の怖さ、むごさ、そして後遺症、障害のために戦後も続いた苦悩。戦時中より戦後の方が辛かったようだ。◆2005年8月、空襲死没者の名前を刻んだ「平和を願うモニュメント」が大阪に建設される。この建設には被災女性の執念があった。それぞれの心に刻まれた60年という歳月。戦後60年、日本は平和を維持してきた。しかし、この平和はけっして永遠ではない。◆番組は実際に大阪空襲の被害にあった人々を取材し、空襲の恐怖や戦後の苦しみを生々しい肉声で描き出す。ラジオ大阪戦後60年特別番組。


cinematic_blurドキュメンタリー・録音構成radioラジオ番組
谷五郎のOH!ハッピーモーニング 少年たちと向きあうとは? 夜回り先生からの問いを考える

月曜~木曜午前の生ワイド番組。パーソナリティは谷五郎、さわともか。(1990年4月放送開始)◆番組では折りに触れて、少年犯罪・少年非行をテーマに取り上げてきた。この日は…『オープニング』:前週に出演した夜回り先生・水谷修さんの話を改めて紹介。再特集することになった経緯とこの日の番組趣旨を説明する。◆『数字から見る少年非行』:「少年犯罪が多発・凶悪化している」とよく言われているが、実際としてどうなのか。データや兵庫県警のコメントなどを用いつつ、その実態を紹介する。◆『ベストセラー読むならコレ』:講談師・旭堂南海が電話出演して話題の新刊を紹介する名物コーナー。この日は番組テーマにひきつけて「子どもはぜんぜん、悪くない。」(佐藤弘道著)を紹介。◆『自らの非行経験を振り返って』:元ヤクザで自らも非行経験があり、更生した現在は牧師として少年更生に関わっている金沢泰裕さんをゲストに迎える。金沢さんの経験から「なぜ少年たちが非行に走るのか」「そこから立ち直るために大切なことは何か」を考えてゆく。◆『我が子の非行に直面した親の葛藤とは』:「更生に大切なのは人とのつながり」と言う金沢さんの話を踏まえつつ、もう一人のゲスト、長年、保護司として非行少年たちと向き合い、最近は非行少年の親たちへのサポート活動に携わっている青木信夫さんに話を聞く。◆『子どもたちと向き合うとは?~エンディング』:それまでの話を踏まえ、リスナーからのお便り・質問に答えながら、「子どもたちと向き合う」とはどういうことか…夜回り先生・水谷修さんからの問いを考えていく。(53分の編集版を公開)


adaptive_audio_micトーク・ワイドショーradioラジオ番組