テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

らくごのお時間 噺家八景SP 桂二葉「つる」/笑福亭鶴光「竹の水仙」

番組ID
217977
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2024年08月11日(日)05:05~06:15
時間(分)
56
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
放送局
毎日放送(MBS)
製作者
毎日放送(MBS)
制作社
毎日放送(MBS)
出演者
桂二葉笑福亭鶴光、ナレーション:福島暢啓
スタッフ
題字:福島暢啓、イラスト:福島暢啓、TM:岸本紳、TD:北川哲也、SW:北川哲也、CAM:永間淳也、CAM:出井雅也、CAM:神高慎一、CAM:吉岡利晃、CAM:山田大渡、MIX:田中聖二、その他:東光信(AF)、その他:常岡千波(AF)、その他:三堂叶絵(AF)、LD:亀井純一郎、CA:日野岡武、CA:長尾康平、CA:露口仁也、VE:奥川遼、VTR:蒲池洋史、MA:海老里美、効果:岡嶋英希、CG:紀野伸子、CG:田中裕司、タイトル:四方由季、タイトル:由本真穂、EED:狭間茜、美術:内海秀一、編成:小竹聡美、その他:大澤久美(PR)、HP:松宮ほの香、HP:坂根彩巴、デスク:盛田こずえ、監督:田中宏冶(舞台)、その他:喜田晃司(イベント)、その他:河原萌(イベント)、プロデューサー:松原謙介、ディレクター:山内海、ディレクター:景山輝之、AD:吉田玄磨、AD:仲程紀子
概要
毎月一人の噺家をクローズアップし、落語一席とインタビューを届ける。案内人は年間100席以上もの落語を楽しむMBSアナウンサー福島暢啓。(2013年10月27日放送開始)◆放送開始から10年を迎えたことを記念する特別公演を、2024年4月29日(月・祝)に開催し、その模様を放送している。今回は、この落語会のトップバッターを務めた桂二葉と、同じく昼公演のトリを務めた笑福亭鶴光が登場。桂二葉は「つる」、笑福亭鶴光は「竹の水仙」を熱演した。インタビューでは、桂二葉の10年後の目標・展望や、笑福亭鶴光が考えるこれからの落語会などについて語る。

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2024 会いたい 認知症家族を捜して

長崎市新中川町の坂本秀夫さん(73歳)は、2023年4月16日午後4時ごろ、日課の散歩に出たまま行方不明になった。11年ほど前にアルツハイマー型若年性認知症と診断されていたが、家族の名前や自宅住所なども言うことができた。妻・悦子さん(76歳)が携帯電話に連絡すると、「今帰ってきよる」と声を荒らげ、その後も数回通話した後、つながらなくなった。家族は警察に行方不明者届を出し、3日間捜索が行われたが手掛かりなく打ち切られた。長女・愛子さん(45歳)は今も父を捜し続けている。街中や山中を捜し回り、目撃情報が寄せられると県外にも赴き現地を確認する。父の写真や特徴を掲載したポスターを自費で約4,000枚作成し、店舗や警察署、交番、銀行、街頭の掲示板等にも掲示してもらった。SNSも活用し、情報提供を呼び掛けているが発見には至っていない。どこかで生きていること信じ願う一方、もういないのではと不安や絶望が交錯する日々を送っている。警察庁によると、2022年に認知症やその疑いがあり警察に行方不明者として届け出のあった人は全国で延べ1万8,709人と過去最多を更新し、この10年でほぼ倍増している。愛する父を捜し続ける家族とそれを取り巻く社会支援の現状を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ニュース企画 ヒロシマの記録 「原子野をフィルムに収めて」ほか(英語字幕版)

原爆投下直後に日本映画社のスタッフが撮影したフィルムが、ユネスコ「世界の記憶」にほかの写真などとともに登録申請されている。この記録映像を見つめ直す、情報番組「イマナマ!」のニュースシリーズ企画。◆「原子野をフィルムに収めて」(2024年5月23日放送)/日本映画社(日映)元ディレクター・相原秀二さん(故人)の証言をたどる。日映は日本の原爆調査団の補助機関として撮影を始めたが、占領により主導権は米国に移る。フィルムが米国側に没収されても取り戻せるよう「客観的・科学的に撮影すること」を徹底して撮影は続けられた。◆「校舎が『救護所に』…袋町小学校」(7月12日放送)/被爆直後の広島を訪れた日映のスタッフによって撮影された袋町救護病院の映像。実は袋町国民学校(現在の袋町小学校)の建物が臨時の救護所として使われていた。児童・職員はほぼ全滅したが、校舎は当時珍しかったコンクリート造りだったゆえ、かろうじて耐え、傷ついた人を受け入れた。建物には家族に消息を伝えたり、安否を尋ねる「伝言」も残されていた。卒業生3人が当時の記憶を語る。◆「語り始めた92歳の被爆者」(6月4日放送)/原爆投下から79年近くが経ち、初めて自らの体験を語り始めた才木幹夫さん(92歳)。当時は広島第一中学2年生で、その日は作業が休みだったため、自宅で被爆した。才木さんは一命をとりとめたが、建物疎開に駆り出された生徒ら353人は亡くなった。当時の記憶を封印し、仕事に邁進してきた才木さんだったが、ロシアのウクライナ侵攻を機に「証言者」になることを決意する。あの日の惨状と平和の大切さをどう伝えたらよいか、日々手探りを続けている。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.