テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

FBCスペシャル2021 拝啓 連也様 マスク越しの闘病20年

番組ID
217315
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年05月27日(木)09:55~10:50
時間(分)
52
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
福井放送(FBC)
製作者
福井放送(FBC)
制作社
福井放送(FBC)
出演者
ナレーション:東海佳奈子
スタッフ
構成:日笠昭彦、撮影:冨田泰史、撮影:吉村拓治、撮影:西田元樹、編集:冨田泰史、テロップ:寺前伸治、題字:村上佳代、音響効果:引地康文、ディレクター:東海佳奈子、プロデューサー:稲木聡
概要
生まれながらに、患者が国内に10人という希少難病・高IgD症候群を発症した、福井県坂井市の菴(いほり)連也さんの20年間の闘病記。取材開始当時、小学5年生だった連也さんは、2021年春に成人式を迎えた。炎症を抑えるため幼い頃から大量のステロイドを使っていて、その副作用と慢性的な炎症で身長はほとんど伸びず、小学生になっても80センチ前後だった。しかしその後、新薬のおかげで体調は少しずつ安定し、身長はわずかに伸びた。連也さんは痛くて苦しい時にも、得意な絵で痛みを紛らわすように思いを表現してきた。高校卒業後に就職したが、2年目で新型コロナウイルスの感染のリスクを考慮して退職。今は、新たな趣味の写真を通じて新しい道を歩み始めている。ディレクター自身が10年間の取材を続ける中で母親になり、改めて連也さんや菴さん家族の思いに寄り添いながら手紙を書くように、困難を乗り越えながら一歩ずつでも力強く前に進む彼の歩みをつづった。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(2021年青少年向け番組最優秀)

同じ年代の公開番組

BSフジ開局20周年企画 甦れ!東北の鉄路2021 検証 東日本大震災から10年

2020年3月、福島第一原発の事故で不通区間だったJR常磐線の富岡~浪江間の運転再開をもって、東日本大震災で被災した鉄路は復旧を果たしたとされている。しかし一方で、この10年の間に、JR大船渡線・気仙沼線など一部の路線はBRT(旧来の鉄道に敷設したバス高速輸送システム)に転換された。◆未曽有の大災害となった東日本大震災で、鉄路の被災・復旧に焦点を当て、2012年から毎年、「甦れ!東北の鉄路」としてシリーズで放送を続けてきた。震災から10年という節目を迎える今年、シリーズ完結編として、この10年の取材で積み重ねた映像・インタビューを振り返りながら、地域と全国をつなげるローカル線がいかに人々の暮らしと直結し、地方の経済を支えてきたかを検証する。◆さらに、鉄路が消えてBRTに転換された町の現状や、震災で甚大な被害を受けた三陸鉄道の当時の状況と今の姿も伝えていく。宮城県女川町出身の俳優・中村雅俊が、現地の人々と触れ合いながらナビゲーターとして東北の鉄路の変遷をたどる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション スマホとホームレス 無料Wi-Fiに集う若者たち

都内の公園、生活困窮者のための炊き出し会場に「無料Wi-Fi使えます」「スマホ充電できます」という看板が掲げられている。そこに職や家を失ったホームレスの若者たちがスマホを手に続々と集まってくる。電話料金が払えず、使えなくなったスマホでも、無料Wi-Fiを利用すれば、炊き出し場所の検索、安価なネットカフェの予約、支援相談窓口への相談ができる。まさに彼らにとってスマホは、生きていく上での“最後の命綱”なのだ。だから、今日も彼らは、無料Wi-Fiスポットを求めて都会の街をさまよう。都内で生活困窮者の支援を行っている佐々木大志郎さん(42歳)の元には、毎日のように困窮した若者たちからSOSが舞い込む。仕事を失い離婚、3歳の一人娘に会いたい思いを抱えながら行き場を失い苦悩する30代の男性、順風満帆だった生活からコロナ禍で解雇され、ホームレスとなった元イタリアンの料理人、家族との断絶に悩みながら、貧困から抜け出そうともがくトランスジェンダーの男性。スマホと無料Wi-Fiが命を繋ぐ、現代の貧困の風景を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
映像’21 いつか帰れる日まで ~異国で願うミャンマーの民主化~

今年2月に起きたミャンマー国軍のクーデター。これに抵抗するミャンマーの市民に対し、国軍は容赦なく銃を向け、多くの死傷者が出ている。この状況を日本で暮らすミャンマー人たちは心配している。一方、日本にいるミャンマー人の若者も新型コロナの影響を受け、収入がなくなり不法滞在になるなど、厳しい生活環境を強いられていた。こうした人たちを支援するミャンマー人の難民、アウン・ミャッ・ウィンさん(47歳)。大阪でミャンマー料理店や訪問介護施設を営んでいる。過去にミャンマーの民主化運動に参加し、国から逃れざるを得なかったウィンさんは、何とか日本に住むミャンマーの若者たちの力になりたいと奔走していた。ウィンさん自身、14歳から民主化運動に参加。1989年にアウン・サン・スー・チー氏が自宅軟禁されると、ウィンさんは活動家として狙われるようになり、1995年に逮捕された。その後、ブローカーを介して祖国を脱出。幸いにも2004年、日本で難民認定される。祖国の動向を憂いながらも、在日ミャンマー人たちの力になりたいと取り組むウィンさんと、祖国ミャンマーと日本の間で揺れ動く若者たち。そんななか、2021年6月にウィンさんは、サッカーミャンマー代表選手として日本のフィールドに立ち、国軍に抵抗を示す3本指のサインを掲げたアウン選手の亡命を手助けする。緊迫したやりとりなどを通して、異国でミャンマーの民主化と平和を願う人たちの「いま」を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
WHO I AM ―これが自分だ!という輝き― 木村敬一 日本/水泳 東京パラリンピック完全版

世界最高峰のパラアスリートに迫るドキュメンタリーシリーズ。世界中の多様な個性と、彼らが放つ「これが自分だ!」という輝きを描く。(2016年放送開始)◆滋賀県栗東市で生まれた木村敬一は先天性の疾患により、2歳で視力を失う。小学4年生から水泳を始め、中学時代に国際舞台での経験を積むと、高校3年生のときには北京大会でパラリンピックに初出場を果たし、3種目で入賞。その後も圧巻のキャリアを積み重ねてきた。2012年ロンドン大会では銀メダルと銅メダルを獲得。2013年には100m平泳ぎ、2015年には100mバタフライと100m平泳ぎで世界選手権を制し、3度世界の頂点に立った。2016年リオ大会では、世界王者として期待されてきたが、金メダルは逃した。リオ大会後、次の東京大会で悲願の金メダルを獲得するため、単身渡米し、多くの金メダリストを輩出した名コーチの下でトレーニングを始めた。幼い頃から全盲とは思えない振舞いで回りを驚かせてきた木村。彼を支えた人々のインタビューを交えながら、東京パラリンピックで金メダルを目指す姿を追った。◆IPC&WOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ


directions_bikeスポーツcinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組