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ニュース映画

毎日世界ニュース 426 日独陸上対抗

番組ID
N00856
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上映日
1959年10月07日(水)
時間(秒)
100
カテゴリ
スポーツ
概要
5年ぶりに西ドイツチームを迎えて、1959年10月3日から、国立競技場で日独対抗陸上競技東京大会が行なわれた。走高跳、ドイツのピュルは2mをクリアして優勝。日本の杉岡邦由(日大二高)も2mを跳んで第2位。走幅跳はコップ夫人が5m77を跳んで第1位。円盤投げは48m38でハウスマンの優勝。女子80mハードル、左からコップ夫人、岸本幸子(日立)、ケラー、菊池徳子(大昭和)の順。10秒6の世界記録を持つコップ夫人は圧倒的に強く、スタートからリードして11秒1のタイムで1着。注目の100m、手前から饗場正文(山梨県庁)、ゲルマー、若林繁(国鉄九州)、マーレンドルフ。スタートからマーレンドルフがリード、しかし後半に強いゲルマーがぐんぐん追い込んでゴールイン。タイムは10秒7だった。こうしてドイツチームは、来年のローマオリンピックを目指す日本陸上界に数々の成果をもたらした。

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毎日世界ニュース 436 さよなら日本

1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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