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ニュース映画

毎日世界ニュース 410 北朝鮮帰国への道ひらく

番組ID
N00790
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上映日
1959年06月17日(水)
時間(秒)
126
カテゴリ
政治・経済
概要
2ヵ月間にわたった北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)帰還交渉は、1959年6月10日ついに事実上の妥結を見た。発表する日本赤十字社の島津忠承社長。これで日韓関係は重大段階にきたと、柳韓国大使は外務省を訪れ強い不満を訴え、捨てぜりふを残して本国政府と打合せのため早々と帰国してしまった。一方、喜びの報に沸き立つ在日本朝鮮人総連合会大会は、遙々神戸から駆けつけた自転車隊が到着して最高潮に達した。人道が政治に勝ったといわれる北朝鮮帰還交渉。歓呼のどよめきのうちに第1次帰国者も決まった。帰る者送る者、共にすみやかな平和的帰国業務の遂行を望んでいるのだ。

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1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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