テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

毎日世界ニュース 395 あれから五年 第五福龍丸

番組ID
N00725
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年03月04日(水)
時間(秒)
160
カテゴリ
社会
概要
静岡県の焼津港は、今日も朝から威勢のいいマグロの水揚げで活況を呈している。かつての第五福竜丸は練習船として若人の夢をはぐくんでいる。昭和29年(1954年)3月1日、ビキニ水域でアメリカの水爆実験による死の灰をかぶり、久保山愛吉さんが初の犠牲者となってから5年、焼津市では外国代表も加わって原水爆実験反対の誓いを新たにした。久保山すずさんは缶詰工場で生活と闘っている。遺児たちも大きく成長した。被爆者の大石さんはクリーニング屋に、御崎さんは豆腐屋にそれぞれ転業。この人たちにようやく明るい生活が蘇って来た今、原水爆実験は繰り返したくないものである。

同じ年代の公開番組

毎日世界ニュース 423 安保改定を前に 勤評から西尾問題まで

1959年9月8日、日教組(日本教職員組合)は勤評(勤務評定)反対の統一行動を全国に展開。東京では文部大臣に会見を求めたが門を閉ざして面会謝絶。安保条約改定阻止と勤評反対闘争は表裏一体だと気勢を上げたが、教育委員会との団体交渉も物別れとなって、泥沼から一歩もはいあがれない。同じ日、基地砂川町では安保改定阻止の中央大会が開かれ、米軍の駐留は憲法違反であるという東京地裁の判決を支持するデモが、夜の更けるまで続いた。1959年9月9日、ダレス長官の追悼式には吉田茂元首相をはじめ、岸信介総理、マッカーサー米大使ら多数が参列して、安保条約の生みの親ダレス氏を偲んだ。8年前のこの日、サンフランシスコにおいて講和条約および安保条約が調印されたのである。この抱合わせの両条約をめぐって、社会党は講和条約賛成、安保条約反対の立場をとる右派と、両条約に反対する左派が激しく衝突、ついに分裂の憂き目を見るに至った。あれから8年、社会党青年部大会は、議場混乱のうちに西尾末広氏の除名を絶対多数で決議した。こうした中で1959年9月12日、第16回社会党大会を迎えたが、安保闘争に対する西尾氏の言動が党紀に反すると詰め寄る左派と、受けて立つ右派が真向から対立して、冒頭から荒れ模様。大会運営委員会では、決議案をめぐってつかみ合いをする騒ぎ。結果は「西尾氏を統制委員会に付議する決議案」を大会に上程することになった。西尾氏の弁明と、河上丈太郎氏の決議案反対表明に続いて投票に入り、決議案は可決された。こうして社会党は西尾氏の去就をめぐって、統一以来最大の危機を迎えた。


videocamニュース映画
毎日世界ニュース 425 荒れ狂った台風15号

1959年9月26日、超大型台風15号(伊勢湾台風)は紀伊半島から上陸。三重・愛知・岐阜3県の人々は、刻々と増す濁流に不安の一夜を送った。一望千里ドロ海と化した穀倉地帯木曽川流域。災害は39都道府県におよび、罹災家屋40万戸を超す、室戸、枕崎台風に次いで観測史上空前の大被害をもたらした。鉄道路線は327ヵ所にわたって寸断され、船舶の損失2800隻あまり、通信は全く途絶という惨状。水浸しになった名古屋市街。南部地区は16万人の市民が水中に孤立、救援の舟を待っているが、あまりにも多い罹災者に手が回りかねている。中村区では強風のため市営アパート2棟が倒壊、死者4名、重軽傷者数10名を出し、半田市では暴風雨下に工場が火災を起こして焼失。三重県長島町は、長良川の決壊で町全部が完全に水没、ヘリコプターの救助に唯一の望みを託している。28日現在、全国で死者・行方不明合せて3500人と日増しに増えて、予想外の大惨事となった。一瞬のうちに、高潮にのまれて3百数10人の生命を失った半田市の遺体収容所では、変わり果てた肉親と涙の対面。恐怖を語る流木と泥水に埋もれた奈良県五條市。これら災害地の罹災者の再起を、心から祈るばかりだ。


videocamニュース映画

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.