テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

みんなのドキュメント トンネルマンがみた夢 新幹線に託したもの

番組ID
211169
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年04月23日(土)16:25~16:55
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
北海道文化放送(UHB)
製作者
北海道文化放送(UHB)
制作社
北海道文化放送(UHB)
出演者
ナレーション:石井しおり
スタッフ
撮影:佐藤健、編集:濱潟淳、ライン編集:佐々木塁、MA:梅原浩介、音響効果:梅原浩介、タイトル:山下司、CG:神田靖、CG:南部竜之介、テロップ:神田靖、テロップ:南部竜之介、TK:青木志保子、ディレクター:三宅真人、ディレクター:水井清浩、プロデューサー:喜多真哉
概要
2016年3月26日、青函トンネルから出てくる北海道新幹線の一番列車に向け、叫ぶ男性がいた。角谷敏雄さん(当時81歳)、青函トンネルを掘った元トンネルマンだ。今は青函トンネル記念館でガイドを務める。角谷さんは漁師だったが、不安定な生活に見切りをつけ、30歳で転職した。配属先は「切羽」と呼ばれるトンネル工事の最先端の現場。岩盤にドリルで穴をあけ、ダイナマイトを差し込み、爆破しては掘り進む。常に危険と隣り合わせだった。工事で34人が亡くなり、角谷さんも仲間3人を失った。トンネルが貫通した時、すすけた顔で涙ながらに、「これが俺の夢だ」と叫んだ。ところが、青函トンネルは新幹線規格でつくられたものの、財政難を理由に先送りされ、実際に新幹線が走るまで28年という長い時間がかかった。「北の大地に新幹線」をというトンネルマンの夢はようやくかなったが、かつてトンネル工事で活気があったふるさとの町はすっかり変わり果ててしまっていた。
放送ライブラリー以外で視聴可能な施設

同じ年代の公開番組

FBCスペシャル2016 福と福と復 ~震災避難5年目の決断~

川崎葉子さんは、いわゆる“元気なおばちゃん”。福島弁で初対面の人とも、すぐに打ち解け仲良くなる。川崎さんの人生は福島第一原発事故で一変した。原発からわずか3キロにある自宅から一家4人で知人を頼って福井県に避難してきた。この避難生活待ち受けていたのは、乏しい情報と支援の少なさ。一時帰宅の情報を知ったのは締め切りから随分経ってからだった。「こんなときだからこそ、力を合わせよう。」川崎さんは「FFF(フフフ)の会」を立ち上げ、避難者の交流と結束を呼び掛けてきた。生活が落ち着くにつれ、故郷への思いに変化も。川崎さんの自宅は福島県双葉町で国の中間貯蔵施設の予定地となった。復興が全く進まず変わり果てた故郷の姿を眺めるうちに、避難生活が5年目に入った頃、「福島に戻って何か恩返しを」と考えるようになった。福井でどん底の暮らしを支えあった仲間たちも徐々に福島に戻り、川崎さんは5年を節目に、故郷に戻る決断をした。避難先の第2の故郷・福井で強まった絆。自問自答を重ねた故郷・福島への思い。復興を願いながら走り続けた川崎さんの5年間を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
どうかね、好きかね、元気かね ~嘉年小最後の1年~

2015年3月、山口県山口市阿東地区にある嘉年小学校では、2人の卒業生が学び舎を後にした。見送る2人は当時5年生の田中千尋さんと2年生の栗田真帆さん。卒業証書は嘉年小で20年続く伝統行事、自分たちで育てたケナフで漉いたものだ。4月からは2人だけの学校生活が始まる。◆春、2人は6年生と3年生になった。ケナフ漉きの卒業証書作りが始まる。地域の人の指導を受けながら、ケナフの種をまき、成長した苗を畑へ植えた。日々の学校生活で、地域の人は時に2人の先生。学校近くのリンゴ園では、農作業を通じてふるさとを学んだ。◆夏休みは離島を訪ね、島の子どもたちと交流学習。秋には地域の人と一緒に運動会に取り組む。一方、ケナフはぐんぐん成長し、10月に収穫となる。皮を剥ぎ、繊維を取り出し、保護者と卒業証書の紙を漉いた。3学期、夏休みに訪れた離島の小学生を招き、雪遊びなどの思い出を作った。◆2016年3月、いよいよ卒業式。田中さんは卒業証書を手にした。涙ながらに感謝の気持ちを伝える。見送る栗田さんも寂しさで涙があふれた。そして、明治から続く嘉年小学校の歴史に幕が下りた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組