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テレビ番組

どうかね、好きかね、元気かね ~嘉年小最後の1年~

番組ID
210549
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放送日時
2016年03月29日(火)14:50~15:48
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ山口(TYS)
製作者
テレビ山口(TYS)
制作社
テレビ山口(TYS)
出演者
ナレーション:ちひろ
スタッフ
題字:田中千尋、題字:栗田真帆、撮影:吉岡夕希、撮影:佐々木祐介、撮影:板井川義幸、MA:亀井政一、CG:北村みはる、ディレクター:山角佐織、プロデューサー:村岡聖治
概要
2015年3月、山口県山口市阿東地区にある嘉年小学校では、2人の卒業生が学び舎を後にした。見送る2人は当時5年生の田中千尋さんと2年生の栗田真帆さん。卒業証書は嘉年小で20年続く伝統行事、自分たちで育てたケナフで漉いたものだ。4月からは2人だけの学校生活が始まる。◆春、2人は6年生と3年生になった。ケナフ漉きの卒業証書作りが始まる。地域の人の指導を受けながら、ケナフの種をまき、成長した苗を畑へ植えた。日々の学校生活で、地域の人は時に2人の先生。学校近くのリンゴ園では、農作業を通じてふるさとを学んだ。◆夏休みは離島を訪ね、島の子どもたちと交流学習。秋には地域の人と一緒に運動会に取り組む。一方、ケナフはぐんぐん成長し、10月に収穫となる。皮を剥ぎ、繊維を取り出し、保護者と卒業証書の紙を漉いた。3学期、夏休みに訪れた離島の小学生を招き、雪遊びなどの思い出を作った。◆2016年3月、いよいよ卒業式。田中さんは卒業証書を手にした。涙ながらに感謝の気持ちを伝える。見送る栗田さんも寂しさで涙があふれた。そして、明治から続く嘉年小学校の歴史に幕が下りた。

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