テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

津軽のミサオさん 笹餅、ときどき五・七・五

番組ID
210167
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年05月30日(土)10:30~11:15
時間(分)
39
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
青森放送(RAB)
製作者
青森放送(RAB)
制作社
青森放送(RAB)
出演者
ナレーター:秋山博子
スタッフ
撮影:藤林国仁、音声:脇坂幸司、タイトル:柿崎馨太、調整:白戸祝人、調整:木村敬一、ディレクター:對馬敬、プロデューサー:小山田文泰
概要
太宰治の出身地としても有名な青森県五所川原市金木町。この町に安くておいしい笹餅がある。ほどよい甘さと素朴な味が、地元の人たちに人気だ。津軽地方に伝わるこの笹餅を作っているのは、88歳の桑田ミサオさん。朝3時に起きて笹餅を作り、自転車で朝市へ運ぶ。餅を包むのに欠かせない笹も、自分で山へ採りにいく。昔ながらの手順で作るため、作業は深夜にまでおよぶ。◆「多忙にて 老いの実感 わきもせず」。ミサオさんは日常で感じた事を五・七・五の17文字にしたためる。作業の合間には、入院中の夫・喜代成さんに会いに行く。喜代成さんはミサオさんの作る笹餅が大好きだが、次第に衰弱して、笹餅も食事も摂られなくなっていく。◆ミサオさんは東日本大震災で被災した岩手県の4つの高校に、無償で笹餅を贈っている。すると高校から笑顔で笹餅を食べている生徒の写真が送られてきた。その笑顔をみるにつけ、自分で行って届けたいと思うようになった。そして、2013年12月に岩手・高田高校へ。生徒たちは笑顔で接してくれたが、苦しみはまだ続いていることを知る。◆2014年の春。最愛の夫が亡くなった。死というものを身近に感じたミサオさんは、津軽に伝わる笹餅をなくさないようにと、後継者の育成に力を注いでいる。老いてなお、明るくたくましく生きる88歳の女性の日々を、ユーモアあふれる川柳とともに綴る。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第63回エンターテインメント番組優秀)、「地方の時代」映像祭(2015優秀賞)

同じ年代の公開番組

大江戸事件帖 美味でそうろう〔1〕

鋭敏な味覚と秀でた食の知識を持つかわら版屋の新平太が、その「舌」と「知識」を生かし、江戸で起こる不可解な事件の謎を解明していく。二夜連続でおくる痛快娯楽ミステリー時代劇。BS朝日開局15周年記念番組。◆前編。天保十二年、江戸。昼間から行きつけの居酒屋で、女主人のおろく(若村麻由美)相手にヤケ酒をあおる柿江新平太(北村一輝)。競合のかわら版屋が報じた“恩猫騒動”が大人気のため、自分のかわら版が全く売れないのだ。そんな新平太のところに、豪商として知られる廻船問屋の河内屋がやってくる。「金は出す、新酒を売り出すために、やらせのかわら版を書いてほしい」というのだ。かわら版の売れ行きも思わしくなく、懐も寒い新平太だったが、元来の正義感からその申し出を断る。そんなある日、音奴という深川芸者が何者かに殺される。下手人の手がかりが見出せない同心・高橋は、糸口をつかむべく事件現場に新平太を呼び出した。すると新平太は、死体のそばに落ちていた折り詰めに注目、いきなりその真薯(しんじょ)を拾い上げて食べ始める。そして町奉行・遠山金四郎(中村橋之助)の要望もあり、新平太は下手人探しを手伝うことになる。


swords時代劇tvテレビ番組
火曜スペシャル 松本清張ミステリー時代劇〔4〕 左の腕

松本清張による時代小説の連作短編集「無宿人別帳」「彩色江戸切絵図」「紅刷り江戸噂」から映像化した、1話完結のミステリー時代劇。水先案内人は佐々木蔵之介。(2015年4月7日~9月15日放送、全12回)◆第4回「左の腕」。江戸で飴売りを生業とする老父・卯助(升毅)は、美人で気立てのいい娘、おあき(宮武美桜)とつましい生活を送っていた。ある時、深川の料理屋・松葉屋で働く銀次(鷲津秀人)の口利きで、2人は松葉屋で下男・女中として働き始めるが、その真面目さから内儀のお政(山口いづみ)に重宝される。しかし、親子にしては歳が離れていることや、卯助が常に左腕の肘の下を隠していることが、噂の種となっていた。松葉屋の常連麻吉(津田寛治)は、犯罪を取り締まる目明しでありながら、松葉屋で秘密裏に行われている博打を見逃す代わりに金をせしめていた。新入りの卯助親子に目をつけた麻吉は、左腕を見せない卯助の素性を暴こうと躍起になる。そんなある晩、松葉屋に押し込み強盗が入り、その結果、卯助の左の腕の秘密が明らかになる。◆BSジャパン開局15周年特別企画


swords時代劇recent_actorsドラマtvテレビ番組
メ~テレドキュメント 奪還 「英雄」の妻 佐々木敦子の70年

2015年5月、愛知県体育館で「ピンボン外交記念モニュメント」の除幕式があった。モニュメントに書かれたピンポン外交の説明文に、荘則棟の名前はない。そのことを知った佐々木敦子さんは怒りを露にした。建国間もない中国に夢と希望をもたらした荘則棟と、妻・敦子さんの半生を追ったドキュメンタリー。◆敦子さんは1944年に当時の満州で生まれた。そして、終戦後も獣医だった父親の研究のために家族で中国に残ることになり、未開の中国西域に移り住んだ。その後、父親が亡くなり、敦子さんは22歳で初めて日本で暮らすことになる。しかし、敦子さんは祖国での暮らしに馴染めなかった。そんな時に、名古屋で「世界卓球選手権大会」が開かれた。中国選手が参加することがわかり、敦子さんは名古屋へと向かった。選手のいるホテルを訪ね、たまたま応対したのが荘則棟だった。荘はのちにスボーツ大臣にまでなったが、中国の指導者、毛沢東が亡くなり、荘は「四人組の協力者」と見なされて4年間監禁され、その後、地方に追放された。敦子さんは荘の境遇を知り、北京で再会。荘を救おうとし、いつしか結婚を望むようになった。しかし当初、中国政府は2人の結婚を認めなかった。やがて結婚が認められて、2人は北京で20年以上幸せに暮らす。そして、2013年に荘則棟がガンで亡くなった。中国当局はかつての「英雄」の葬儀を禁ずると告げてきた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.