テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

映像’14 手紙 母さんと呼べなかったあなたへ

番組ID
209410
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年06月30日(月)01:00~02:00
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
毎日放送(MBS)
製作者
毎日放送(MBS)
制作社
毎日放送(MBS)
出演者
ナレーター:宮城さつき
スタッフ
撮影:山田陽平、撮影助手:七條亜美、編集:新子博行、録音:中西進二、選曲:佐藤公彦、タイトル:平大介、VTR:川上忠士、宣伝:渡辺優子、ディレクター:米澤飛鳥、プロデューサー:大牟田聡
概要
母親からのネグレクトなどにより施設で育った経験を持つ20歳の女性。親への複雑な感情を抱き、虐待による心理的トラウマに襲われながらも、家族の再生に向け歩み出す彼女の姿を描く。厚生労働省によると、保護者の死亡や病気、経済的な理由などで、全国の「児童養護施設」で暮らす児童数は28,831人に上る(平成26年3月「社会的養護の現状について」)。そのうち、半数が家庭内での虐待を経験しているという。◆大阪で活躍する女性ミュージシャン辻心響さんは、ギター1本であちこちの路上で歌い続けている。幼い頃から母親から虐待を受け、ほとんど一緒に暮らすことがなかった母親への思いを歌に乗せる。初めて作詞作曲した「手紙」は、自殺した母親が彼女にあてた最初で最後の手紙を歌にしたものだ。幼い頃から母親によるネグレクトなどの虐待が始まり、兄弟4人とも養護施設に入った。母親が迎えに来て、家に帰るとまた虐待の繰り返し。母親への愛憎や自己否定の気持ちからリストカットを繰り返し、精神のバランスも崩してしまう。18歳で施設を卒業し、ひとり暮らしを始めた矢先、母親が自宅で薬を大量に飲んで自殺した。そんな彼女のもとに母親からの手紙が届いた。たった3行「ありがとう 愛してる さようなら」…。

同じ年代の公開番組

離島からの挑戦状 ~ないものはない~

日本海の島、島根県隠岐諸島・海士町。本土からはフェリーで3時間半かかる。今はIターンの若者が多く移住している海士町だが、かつては少子高齢化の中で島の産業は衰退し、町の収入も減少の一途をたどっていた。そうした中、海士町を救ったのが、町民全体で共有した「危機感」、そして「ないものはない」という考え方だ。◆「何もない島なら失うものも何もない」海士町がとった戦略は、ノーガードで攻め続けること。町民は福祉や保健に関わる行政サービスを我慢した。その分、島のハンデを克服して本土の産業と戦えるようにと、とれたての魚介類を瞬間冷凍して出荷する設備に5億円を投資した。島の産業を再生させて雇用の場を確保するだけでなく、島の外で商売をして「外貨」を稼ぐことを目指したのだ。◆「儲かるのなら何でもやれ」町長の大号令のもと、知恵とアイデアのある人材は島をあげて応援する。噂を聞いた若者が全国から集まって、島で起業し始めた。若いアイデアと島の産業がコラボレーションし、新しいビジネスが生まれている。さらに産業づくりの次のステップとして、海士町は島の未来を担う人づくりまでも自分たちの手で進めようとしている。◆一方で、日本の離島が抱える課題はなくならない。番組では、海士町だけなく全国の離島地域の取材を通し、島の厳しい現状を描く。海士町の取り組みを通じて全国の離島が進むべき先を模索し、いきいきと島で暮らす人々の姿を通じて、大量消費社会における「幸せ」を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ドキュメンタリー 命を撃つ

1976年ごろ国内に53万人いた狩猟人口(狩猟免許所持者)は、2010年で19万人まで減り、その6割超が年齢60歳以上となっている。一方、2012年度の北海道内におけるエゾシカによる農林業被害は63億円に上る。かつては、集落ごとに狩猟免許を持つ「ハンター=狩猟者」がいて、エゾシカを「自然に押し返す」役割を担っていた。北の大地・北海道では、狩猟者が不在となることで、食害も増え、営農意欲がそがれ、耕作放棄地を生むという悪循環を招いている。◆足寄町大誉地の農家・早坂祐さんは食害に立ち向かうために49歳で狩猟免許を取得し、73歳の今も現役のハンターとして畑のシカを駆除している。限界集落で田畑を守るために狩猟を行う老ハンター・早坂さんの日々を取材する。◆江別市の酪農学園大学には、日本で唯一のハンターを養成する狩猟管理学研究室がある。狩猟免許を持つ伊吾田宏正准教授は、野生動物を狩猟によって管理することを教えている。この研究室の大塚裕之さんは2013年に狩猟免許を取得。実習やシカの解体などを通じて、狩猟による動物管理の技術を学んだ。「もともと動物が好きで酷農学園大学に進んだ。銃に良いイメージはなかった」と語る大塚さん。初めて獲物をしとめた=命を撃った時、彼は何を感じるのだろうか。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
明日へ ~船越小学校・子どもたちが向き合ったあの日~

「僕たちの図書館は段ボールで出来ています」。間借り枝舎のビデオレポートをするのは、船越小の子どもたち。そして、カメラを回しているのも船越小の子どもたちだ。◆岩手県の山田町立船越小学校は全校児童141人。2011年3月11日の東日本大震災で、町内9つある小学校の内、ただ1校、校舎が被災し、3年間にわたり「間借り校舎」で学校生活を送った。間借り校舎の学校生活を自分たちの手で記録しよう―。地元放送局と一緒になっての記録ビデオ作りが始まったのは2013年10月のことだった。◆「“ギャングエイジ”と言われる小学校3年生の時期に震災を経験。いつもどこか感情を押さえ、我慢している」。担任の畠中先生がそう話す6年生29人が制作を担当した。初めてのカメラ撮影にレボート、そしてインタビュー。恥ずかしい気持ちや緊張で最初はなかなか上手くいかなかったが、次第に子どもたちは取材活動に楽しみや喜びを見出していく。そして、徐々に「震災」という“あの日”と向き合うことに。「伝えるためには津波の映像も使った方がいい」「私たちの思い出は震災だけではない」。子どもたちの胸には、29人それぞれの思いがあった。◆番組では、間借り校舎での半年間の学校生活から、被災東北3県で最も早く完成した新校舎での子どもたちの様子を記録。取材活動を通して成長していく子どもたちや、それを温かく見守る学校の先生、そして地域の人たちの姿と思いを伝える。震災の何をどう記録し、伝えていけば良いのか。あの日から3年。復興道半ばの今、耳を傾けて欲しい“子どもたちの心の声”がある。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.