テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NNNドキュメント’14 「119」 ~つながらなかった救急 6分20秒~

番組ID
209217
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年10月27日(月)00:50~01:45
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山形放送(YBC)
製作者
山形放送(YBC)
制作社
山形放送(YBC)
出演者
ナレーター:小山茉美
スタッフ
撮影:阿部邦彦、撮影:長岡宏昭、ミキサー:山口誠、音響効果:増子彰、ディレクター:渡辺寛、ディレクター:新野陽祐、プロデューサー:三浦重行
概要
2011年11月9日、山形市内のアパートの一室で一人暮らしの男子学生の遺体が見つかった。大久保祐映さん(当時19歳)。祐映さんの携帯電話に最後の発信記録が残されていた。発信先は「119」。9日前の10月31日午前5時11分だった。しかし、通報を受けた山形市消防本部から救急車は出動しなかった。6分20秒の音声記録が消防本部に残っていた。祐映さんの母親は「救急車が出動していれば息子は助かっていた」と山形市を相手に損害賠償を求めた。山形市は「自分でタクシーで行ける」と祐映さんが要請を撤回したと反論、現在も係争中だ。(番組放送後の2015年3月、山形市が「祐映さんのケースを教訓に救急業務の改善を図っていくこと」などで和解が成立)◆通報を受けた当時、山形市消防本部管内で救急車の出動はなく、5台すべてが出動できる状態だった。なぜ救急車は出動しなかったのか、救急車の要請があっても出動しないケースはあるのか…。取材を進めると、救急車を出動させる判断に全国的な統一基準はなく、山形市同様、職員の個々の判断に出動が委ねられている実情が浮かび上がった。山形市の出動システムは3年経ついまも変わっていない。不要不急のものも含めて救急車の出動要請が増え続ける中、助かる命をどう助けるのか、救急の現場を取材した。

同じ年代の公開番組

ここが桃源郷 花咲かじいさんの遺言

四国山脈のふもとにある高知県仁淀川町。町の中心部からさらに山間に4kmあまり入った上久喜地区は、8世帯16人が暮らす谷間の小さな集落で、平均年齢も70歳を超えている。◆上久喜で生まれ育った日之裏隆寛さん(86歳)は、人生が残り少なくなったことを悟った20年前、家族や集落の未来を考えて、ある行動を起こす。それは、先祖伝来の畑で育ててきた茶や楮などを全て切り倒し、収入に繋がらないハナモモの木に植え替えてしまうこと。その背景にはある思いがあった。「高齢になると農業ができなくなる。若者は出ていって跡継ぎもいない。そうすると畑は一面の藪になってしまう。ハナモモを植えれば藪にもならず、通りがかった人にもきれいだとずっと喜んでもらえる」。妻の輝子さんと共に育ててきたハナモモは、その後、山全体を包み込むほどのスケールとなり、春になると大勢の行楽客が押し寄せるようになる。地域の区長を務める久原重信さんも良き相棒となり、過疎の上久喜は思いがけず地域の観光名所となった。◆しかし隆寛さんは、2013年4月7日、ハナモモのシーズンが終わるのを見届けるかのように急逝。その思いは「遺言」となった。美しく咲かせるためには、枝打ちや下草刈りが欠かせないハナモモ。隆寛さんの死後、高知市や隣町に住む息子たちは、山の手入れに戻ってくるようになった。そして迎えた隆寛さんの一周忌。彼が残したものは美しいハナモモだけではなかったことに気付かされる。隆寛さんが亡くなってから初めての春、「遺言」はどう受け継がれたのか。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
中京テレビ開局45周年記念ドラマ マザーズ

養子とは知らずに育った少年が、自分の出自を知るなかで産みの母や育ての母たちの本当の思いを知り、成長してゆく物語。中京テレビが取材制作し、数々の賞を受賞した特別養子縁組がテーマのドキュメンタリー番組をもとにドラマ化した作品。◆両親の愛情に包まれ、お人好しでフツーな19歳に成長した浪人生・山瀬健太(中村蒼)は、ある日突然、自分が養子であることを知ってしまう。実の親と信じて疑いもしなかった父母とは血のつながりがなかった…。健太は自分の出自と産みの母のことを知りたいと、特別養子縁組の仲介をおこなったNPO「スマイルベビー」を訪れる。そこは、様々な深刻な事情を抱えた妊婦たちが身を寄せる駆け込み寺的な場所だった。どうしても赤ちゃんを育てられない妊婦たちは、出産後すぐに「スマイルベビー」代表、奥田貴子(室井滋)の仲介で特別養子縁組を行い、養父母に実子として託す。特別養子縁組は、子供のための制度。「ひとりでも多くの赤ちゃんの命を救いたい!幸せな人生を送らせてあげたい!」と日々奔走する貴子は、明るく豪快。全てを包み込む包容力の持ち主であるとともに、自らも悩みながら養女を育てるシングルマザーだ。健太の出自を全て知る彼女に促されるまま、しばらく「スマイルベビー」で過ごすことになった健太は、貴子や妊婦たちとふれ合うなかで、産みの母、育ての母への新たな思いが芽生える。そして、健太は“産みの母との再会”を果たすことができるのか。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
季節の海“RAUSU”

日本の北東端、北海道・知床半島。季節によって全く違った表情を見せる世界自然遺産・知床「羅臼の海」を約1年に渡って取材したドキュメンタリー。地球でただ一つの海“RAUSU”の四季を、俳優・吉岡秀隆の語りで静かに見つめる。◆春…流氷がアザラシをのせて沖へと去り、コンブが鮮やかな萌黄色の若芽を出す。やがて体長2mを超えるイカが、袋状の卵をひきずって深海から浮上する。一部始終を撮影するのは、関勝則さん。20年近く前、イカの子育てを初めて目撃した。当時、イカは生みっ放しでケアはしないと考えられていたので、その発見は衝撃的だった。◆夏…羅臼の海は「野生の命」で溢れかえる。シャチが水面をジャンプ。南半球からやってきたマッコウクジラが高々と潮を噴き上げる。陸地からマッコウクジラが泳ぐ姿を観察できるのは、世界でも羅臼だけだ。空を見上げれば、タスマニアから飛来したミズナギドリの大群で黒く染まっている。動物たちはこの海が豊かな餌場であることを知っているのだ。◆秋…海の中も実りの季節を迎え、様々な魚が群れをなして押し寄せる。ほかでは例のないホタテの「潜水漁」も始まる。ボンベを担ぎ、生け簀を抱えた漁師たちが一枚一枚拾っていく。冬が近づくと、羅臼の海では不思議な現象が起きる。サンマやイワシなど回遊魚の大量の死骸が、稀に浜辺に打ち上がる。研究者は「死滅回遊」と呼ぶ。海の中で一休何が起きているのか。謎を解き明かすため、研究者チームが水中用のロボットカメラを潜航させ、世界初の調査に乗り出した。◆冬…流氷が海一面を白く覆った。氷の中に所々鮮やかな緑色が見える。植物プランクトンだ。春になって流氷が溶けるとこのプランクトンも海に放たれ、孵化した幼魚たちの糧となる。春に多くの魚が孵化する理由はそこにある。流氷が大陸から運んでくる豊富なプランクトンは、ここに独自の生態系を生んだ。そして季節の移り変わりが、その命を育てていく。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
イチスペ! 帰ってきたかりんとう

東日本大震災から3年。宮城県女川町は町の中心部を津波に流されるなど、震災で壊滅的な被害を受けた。震災前、女川町には全国から注文が相次ぐ、人気のかりんとう工場があった。障害者が働く作業所「きらら女川」。2011年3月には作業場を増設することになっていた。そして3月11日。工場の引越しを終えた後、津波に襲われて仲間2人が犠牲となった。◆経営者の阿部雄悦さんは廃業も考えたが、ガレキの中から奇跡的に大事なミキサーが見つかったため、工場の再建を決意した。しかし再建の場は、宮城から800キロ離れた鳥取県伯耆町。「きらら女川」の立ち上げに協力した同志・松原千晶さんの故郷だ。震災から3か月後、かりんとう工場は鳥取で再スタートした。◆しかし2人の目標は、あくまで宮城県女川町での工塲再建。そしてついに震災から2年4か月を経て、女川町にかりんとう工場が帰って来た。今では16人の障害者が働いている。阿部さんの代わりに、松原さんが宮城で働くこととなった。鳥取には阿部さんにしかできない仕事が多くあり、鳥取を離れられないからだ。◆鳥取県に残った、宮城県出身の阿部さん。被災地で働く、鳥取から来た松原さん。ふるさとを離れた2人の活動により、鳥取、宮城、両県に障害者の働く場が生まれた。震災から3年、阿部さんはふるさと宮城で開かれた追悼式に出席した。この時に初めて、阿部さんはカメラの前で本当の思いを語った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組