テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

幸せの畑に暮らして ~人口減少時代の団地はいま~

番組ID
209171
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年05月25日(日)16:25~16:55
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
青森放送(RAB)
製作者
青森放送(RAB)
制作社
青森放送(RAB)
出演者
ナレーター:坂本裕子
スタッフ
撮影:葛西真也、編集:葛西真也、取材:安達直樹、ディレクター:安達直樹、プロデューサー:山本恒太
概要
青森市郊外の幸畑(こうばた)団地は、団地ができてから45年が経ち、空き家が目立ち住民の高齢化が進んでいる。住みやすい団地をめざして造られたはずのニュータウンが、今なぜ都市型の過疎問題に悩まされているのか。人口減少問題は中山間地域のみならず、県庁所在地の地方都市にも暗い影を落とし始めている。地域にある大学と連携しながら問題解決を図ろうとする住民たちの姿を追った。

同じ年代の公開番組

日本!食紀行 60年ねかせたご当地ラーメン ~鳥取牛骨ラーメン~

全国一人口が少ない県、鳥取県。のどかなその土地で、60年以上ひっそりと愛され続けるご当地ラーメンがある。その名は「鳥取牛骨ラーメン」。トンコツでもトリガラでもなく、ウシの骨、牛骨スープがベースのラーメンだ。その味は、牛ならではの香ばしさと甘さがほんのり広がる、まさに“のどかな”風味。県内60以上のお店で提供されていて、まさに鳥取県独自の食文化である。しかし鳥取では誰も牛骨ラーメンが特別だと思っておらず、つい最近まで“ただのラーメン”としか認識していなかったという。◆「鳥取牛骨ラーメン」が世に知られるようになったのは、わずか4年前のこと。きっかけは、牛骨ラーメンを鳥取県のご当地グルメに育てようと、有志の市民グループが応援団ならぬ「応“麺”団」を結成したことだった。その団長は、なぜか若き僧侶。しかも“日本一危険な国宝”といわれる、築1000年の建造物を有する古刹の一門だった。◆ブームとともに全国からお客さんが押し寄せることとなった「鳥取牛骨ラーメン」。地元を飛び出して東京へ、そして海外へも進出した。そもそもなぜ鳥取県で牛骨のラーメンが普及したのか、そしてその背景にある鳥取の人と牛との先祖代々続く深いつながりとは…?。たかがラーメン、されどラーメン。60年間しっかり寝かせた?いや寝たままだった?!鳥取牛骨ラーメンの歴史と文化に学ぶ。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
イタイイタイ病 全面解決の影で ある医師の闘いと置き去りにされたもうひとつの病

日本で最初に認定された公害病「イタイイタイ病」。2013年12月、長年にわたって補償問題を協議してきた三井金属と被害者団体が「全面解決の合意書」を取り交わした。しかし、病気認定から半世紀近くを経た“完全決着”の取材を重ねていくと、いくつかの疑問が見えてきた。◆賠償や医療補償の対象にすらならない多くの腎機能障害の患者たち。さらに、きわめて重篤な患者しか認定してこなかった行政の認定基準の不透明さ。これまで開示されなかった全面解決へのプロセスを明らかにするため、当事者たちを直接取材した。◆イタイイタイ病の100年にわたる歴史は、国、県、大企業の「権力」に翻弄された歴史だ。地縁血縁の強い地域社会では、反論や異を唱えることがタブーとされてきた。そして、あまりにも長い月日の流れとともに、患者やその歴史を知る人たちは高齢化し、世を去っている。◆全面解決に合意したこの時こそ、イタイイタイ病の歴史と背景を記録し、後世に残す最後のチャンスだと考え、制作された番組。勇気を出して取材に応じてくれた被害者家族の思い、25年にわたってイタイイタイ病の認定審査会に関わってきた医師が初めて明らかにした証言などを伝え、行政の被害者認定と患者救済の姿勢に一石を投じる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
村上水軍と塩飽水軍 海の覇者 瀬戸内海賊ヒストリー

村上水軍の本拠地、広島と愛媛の間に広がる芸予諸島。中世以降、瀬戸内海は物や情報が流れる日本の大動脈であった。しかし潮流が激しいため、誰もが容易にここを通ることはできず、水先案内をする代わりに通行料を取ったのが、瀬戸内海の海賊の始まりだ。この海で栄えた村上水軍は、木津川口の戦いで信長に勝利するなど武勇を轟かせた。しかし秀吉の海賊禁止令で力を失うと、戦国の世に一瞬の輝きを残して、歴史の表舞台から消えた。◆一方、岡山と香川の間の海・備讃瀬戸には、塩飽水軍という海賊がいた。彼らは村上水軍のような「武力」ではなく、操船や造船技術の高さ、つまり「技」を時々の権力者に利用させることによって、乱世を生き延びた。海の技術集団であった塩飽水軍は、戦乱の世が終わると陸に上がり、船大工の技を活かした宮大工となった。同時に操船技術も失うことはなく、幕末に勝海舟の咸臨丸の水夫として日本人初のアメリカへの航海を支えるなど、海賊の技を後世に伝えた。◆番組では俳優・香川照之がナビゲーターとなり、瀬戸内海の各地を訪ね、こうした2つの海賊の生き様に迫る。また「水軍紀行」として、海賊ゆかりの地を巡るための情報もあわせて紹介する。テレビ朝日系列・中四国ブロック特別番組。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組